National Council on Gaming Legislation
コラム
  • HOME »
  • »
  • 156.IR:都道府県等による区域整備計画案提出

2022-05-09

156.IR:都道府県等による区域整備計画案提出

予想通り最後迄残った大阪府、長崎県の二つの都道府県等は立地市議会、申請都道府県等議会の同意議決を得て4月の最終週に国土交通大臣にIRに係る区域整備計画案を提出した。
マスコミは最後迄おもしろおかしく一部都道府県等議会における議論や紛糾を書き立てたが、これら議論の中には適切な指摘もあるのだが、議論のポイントを抑えきれていなかった側面も多い。
区域整備計画案の本文並びに概要は各々の地方公共団体により公開されているが、残念ながら添付文書やより詳細なエビデンスとなる資料等は公開されていない。
審議の中で一部議員には情報を開示するとした事業者・都道府県もあり、審議後非公開で開示した都道府県等があったと共に、株価に影響、機微に触れる等の事業者要請により議会にも一般にも開示せず、計画案自体にも記載しないという都道府県等もあった。
これなどは明らかに企業としての機関決定をしていないことを白状しているようなもので確約とは言い難い。
出資判断が株価を下げることを気にする様な企業であるとすれば、そもそも出資参画に値しないことは明らかだ。
県当局や議員に対し、一体何処まで何を開示したのか、しなかったのかは解らない。
よって事業計画・収支計画の詳細スプレッドシートや資金調達の詳細も外部からは理解することができない。
恐らく資金調達に関しては、名目的に必要投資総額をカバーする何等かの書類の添付や追加的説明が記載されていると考える。
勿論これは提出時点での現状であろうし、中身を検証しなければ果たして出資金・融資金のどこまで利害関係者が「確約」したことになるのか、あるいは確約等していないのかを図り知ることはできない。

さて、これでようやくバトンは都道府県等から国(国土交通省・観光庁)に引き渡され、区域整備計画案の審査・評価が始まることになる。
IR整備法が成立し、はや4年の歳月が過ぎている。
コロナ禍という悪環境があったとはいえ、何ともはや極めて長いリードタイムになるが、これから区域認定の審査・認定ということになる。
審査や評価の大まかな評価判断項目や審査基準等は既に公表されている(観光庁「特定複合観光施設区域整備計画の認定申請手続、認定審査に関する基本的事項(令和3年9月30日)」、同「特定複合観光施設区域整備計画に係る認定申請の手引き」)。
但し、何時までに評価がなされ、認定行為がなされるのかは定かでない。
国の審査委員会は、まず計画案が国の要求水準を満たしているか否かを審査することになり、一方的な審査ではなく、当然都道府県等と選定民間事業者がプレゼンテーション、クラリフィケーションや質疑応答の為に国により呼ばれるのであろう。
要求水準を満たしていなければその場で欠格となり、評価審査にまで行きつかない。
一方一端要求水準を満たしていると評価される場合、評価審査になり、所定の項目に関し点数が付くのだが、得点の多寡で認定が決まるわけでもなければ、足切り最低必要得点等があるわけでもない。
こういう状況だと、要求水準を満たしてさえいれば、一定の条件等を賦課されるかもしれないが、国はまず間違いなく区域整備計画を認定するのではないかということが想定できる。
足りない点や不十分な側面は指摘し、改善を要求することはできても、認定行為そのものを拒否するという論拠には欠けてしまうからである。

では、国は要求水準に則り、何を何処まで審査するのかという点が今後の問題になる。
審査項目には客観的に評価判断しやすい項目と、客観的な評価はできず、主観的な評価しかできないような項目がある。
例えば施設計画(規模・意匠・内容等)等は極めて客観的に評価可能な分野になる。
一定の施設要件や前提を満たしているか否かは数値や図面等で概ね確認することが可能だからだ。
一方、必ずしも客観的な評価ができないのは施設サービスの需要予測、市場性の判断やその経済効果、資金調達の蓋然性の判断等の分野になる。
支出入計画等は地域の実情や事業者の考え方次第で大きな差異が生じることもあるが、そもそも想定需要の大きさが適切か否か、収入規模が市場性から判断して合理的か否か等の客観的評価は単純にはできにくい。
事業の収支計画は施設がもたらすサービスの需要と期待収入額を増やせば辻褄はあってしまう。
かかる提案を国が評価するにしても提案者が「できる」としているものを「できそうもない」という明確な根拠を示すことは単純にはできない。
いずれもが仮定の前提の是非を問う議論でしかないからだ。
資金調達計画も似たような問題を抱える。
誰がどの程度の資金拠出を担うかは、拠出額・拠出方法と共に事業総額をカバーする計画が提出されるに違いない。
但し、これが実行可能で、実現性のある計画といえるか否かは提出される書類やエビデンスの内容、条件次第になる。
確かに蓋然性は評価できるかもしれないが、その確実性・実現性となると明確な論拠をもって評価できないことが多い。
勿論しっかりとした親会社が自分のバランスシートを賭けて、欠け目は確実に補填するという確約を提出すれば、法的拘束力のある確約と客観的に判断できる。
但し、これをできる肝の据わった企業等はいないだろう。

公開されない資料を判断根拠にして国が審査・評価するというのも透明性に欠け、恣意的な判断を招きかねない要素が生まれる。
果たして国はしっかりと厳格な実行性評価や実現可能性を評価するのであろうか、あるいはできるのか。
さもなければ都道府県等の意向・一次評価を尊重し、所詮リスクは国ではなく都道府県等として、表面的な審査・評価しかしないのか。
認定しない場合には国の説明責任が確実に問われる。
認定する場合には、後刻うまくいかなかった場合、如何なる評価で認定したのかという国の姿勢が問われることになる。
この場合、しっかりとした情報公開をしておかない限り、評価の恣意性が疑われることにもなりそうだ。
果たして如何なる審査になるのか、今後どう展開していくのか極めて興味深い。

(美原 融)

Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.
Top