2024-02-12
247.スポーツブッキング 顧客誘引施策と規制④Inducement規制
Inducement(顧客誘引)とは一般的に賭博行為に参加するように顧客に推奨したり、顧客を誘導したりするあらゆる事業者によるオッファーを総称する意味合いがある用語である。
具体的にはフリーベットやボーナス等でこれは潜在的顧客が新たに勘定を設ける際に顧客に与えるインセンテイブ等をも含むことになる。
Inducementはスポーツブック事業者による正当なマーケッテイング手法の一つに過ぎないのだが、この様々な形態をとるInducement全般を規制しようとする動きが一部の国、地域で生じつつある。
問題とされたのは過剰ともいえる事業者によるInducementの乱発で、顧客があたかもタダでお金を儲けられるとか、リスクが殆ど無い、あるいは元金が実質的に戻ってくる等の誤った印象を顧客に植え付ける手法で新規顧客を囲い込むし烈な競争を担ったことにある。
本来事業者としてとるべき「責任ある賭博」提供とは到底思われない行為が市場にて頻発したからに他ならない。
例えばオーストラリアだ。
2023年6月の連邦議会の超党派委員会による報告は、賭博関連の様々な媒体を通じた広告は危害をもたらしうるリスクがあるとして、3年間の移行期間を設けて廃止することを提言し、これと共に顧客に対する事業者による様々なInducement施策は直ちに禁止すべきことを連邦政府に推奨している。
顧客に対するInducement提供は広告以上に過剰な賭博行為へと顧客を走らせるリスクが高く、若年層に対する悪影響もかなりあることが知られているからだ。
もっともオーストラリアの各州は、部分的ではあるが既にInducement規制を実践している。
西オーストラリア州は、1987年Gaming &Wagering Act及び1988年規則43において、新たに顧客勘定を開設する顧客に対し、Inducement(ボーナスやサインアップオッファー、Free Play等)を提供すること、かかる広告をすることを禁止した(違反は罰金刑)。
但し、新規顧客を勧誘する手段としてInducementを用いることを禁止しているだけで、既存の勘定を持つ顧客に対してのコミュニケーションは広告ではないとして禁止の対象にはなっていない。
NSW州でも1998年Betting & Racing Act Sec 33H, Part 4A/4Bにて、一般的な大衆に向けての賭博行為のInducementを含む広告を禁止している(違反は罰金刑)。
この州も既存の顧客勘定を持つ顧客に対するInducementは違法ではない。
それなりの自らの意思をもって勘定を開設し、賭博行為に参加している以上、しっかりとした責任ある判断で行っていると考えられるからである。
2023年9月にはNSW州大手企業のTabcorpが一般広告となる自社のホームページで新規顧客向けのInducementを宣伝したことで罰金刑を課されている。
事業者によるマーケッテイング手法であるInducementそのものを禁止したり、規制したりする国・地域は今のところまだ限定的なのは、やはり事業者の自由なセールス活動を抑制する過剰な規制ではないかとする意見があるからである。
もっとも、米国でもInducementの行為自体は必ずしも否定していないが、これを新規顧客に対し、Risk Free(リスクが全く無い)、Free Bet(無料の賭け)等の過剰な表現を用いてInducementをセールスすることはガイドラン(オハイオ州等)、規制機関規則(マサチュセッツ州、ニューヨーク州等)で禁止している。
無料、リスク無し等の刺激的・欺瞞的な表現を用いて新規顧客を募り、顧客を囲い込むことを禁止しているわけで、これら州でも既存の勘定を保持する顧客に対する個別のInducementは顧客の同意を得ている限り、禁止の対象にはなっていない。
米国にてかかる表現上の問題があまり大きくならないのは、憲法上の権利でもある表現の自由(First Amendment Right)の問題と絡み、係争問題になりかねないからである。
もっとも最近は民間事業者も過激な言葉を使わず、First Bet Offer, No Sweat First Bet, First Bet Refund等別の言葉を採用している。
カナダオンタリオ州ではInducement、ボーナス、ないしはクレジット等の広告は、運営事業者のサイト内、ないしは顧客の同意を得た上でなされる直接的なマーケッテイング以外は規則違反になる(Registrar’s Standards for Internet Gaming Standard 2.05)。
2022年6月にはDraft Kingの子会社が広告勧誘規則違反として罰金C$10万㌦を課されている。
スペイン、イタリアでも類似的な広告並びに販売促進活動への規制はあるが、Inducement行為そのものを禁止しているわけではない。
一方、英国では、2018年1月英国の規制機関である賭博委員会(UKGC)と競争市場機構(CMA)は共同で調査研究を行い、オンライン賭博プロモーションのためのFree BetやBonus等は不公平な慣行で消費者の目を曇らせていると断言し、何らかの規制をすべきことを提唱した。
同年8月にはCMAは利用者に対しFree Bets and Account Restrictions(Sport Betting)に関するガイダンスを公表、あくまでもBy-Law(ガイドライン)として、専ら消費者保護の観点から事業者がなすべきこと、してはらないことの大枠を規定している。
もっとも事業者自身の自省と自己規律を求める内容で、公平な利用条件の提示、顧客に条件を理解させること、何時でも顧客が退出できること、顧客の出金手順を遅らせないこと、顧客預託金に不公平な制約を設けないこと等の内容になる。
英国では広告宣伝等に関しては別機関であるCAP(Committee on Advertising Practice)が別途スポーツブック事業者に様々な規制、勧告等をだしている。
競争環境を否定しているわけでは無いが、行き過ぎを防いだり、消費者が不公平な取り扱いを受けたりしないことをルール化する考えになる。
このように、様々な国において過剰なInducement付与行為を規制する動きが広まりつつあることは事実になる。
Inducement自体はおかしな行為ではないのだが、やはりやり過ぎは問題ということに尽きるのかもしれない。
(美原 融)