2024-01-08
242.スポーツブッキング 公租公課⑦名目税率と実効税率(1)
スポーツブッキングの課税対象は原則事業者の粗収益(Gross Gaming Revenue, GGR~顧客総賭け金‐Handle‐より顧客勝ち分を差し引いた額)になることが通例である。
これはカジノの場合と同様だ。
カジノの場合には通常調整租収益(Adjusted Gross Gaming Revenue)という概念を制度上定義し、法で定めた一定の控除項目を税前で差し引いたり、現金勘定とチップの動きが合わなくなる場合、税務会計上これを調整したりする。
カジノの場合特に重要なのは、対顧客誘引・広告宣伝費(Promotional Expense)が税前で控除できる点 にあり、この恩恵に預かる顧客に対する賭け金一部還元施策(コンプ)がカジノの魅力の一つでもあるからだ。
一般的に対顧客誘引・広告宣伝に関しては事業者の裁量でなされるが、この費用を税前で控除するか否かは為政者の判断になる。
カジノの場合には、税務会計上の慣行やIRSの黙認により、実務的に税前控除が認められている。
スポーツブッキングの制度構築の際も、カジノと同様に一定の広告宣伝費(Promotional Expense)の税前控除を制度上認めるべきという民間事業者の強いロビーイングが存在した。
結果的にこれを明文の法規定で認めた州(例えばコロラド州、ペンシルベニア州、ルイジアナ州、ミシガン州、ワイオミング州、バージニア州、コネチカット州等)もあれば、認めなかった州も多い。
制度として曖昧な州もあるのは、同一カジノ事業者がカジノもスポーツブッキングも両方を対象とした運営をする州の場合で、特段明示的に規定する必要もないという判断なのであろう。
税前控除を認めた目的とは、より優位な条件を提示することで事業者を誘致し、他州との競争に勝ち、市場を拡大し、事業者に安定的な収益拡大を目指す誘引を制度的に与えることにある。
州によってはこの控除可能額に何と連邦物品税(Excise Tax)を含めていいとする州(コロラド州等)もある。
このほか、法定損失繰り延べの期間を延長するなどの措置を定めている州もあるが、こうなるとやりすぎではないかと思えてくる。
ではスポーツブッキングの場合の控除可能な対顧客誘引費用・広告宣伝費用(Promotional Expense)とは一体何なのか。
これは例えばフリープレイ(Free Play)と呼称されるインセンテイブ等で、顧客が新たにサイトに登録した場合、$100~$1000の賭け金を無料で提供する仕組みをいう。
ボーナス(Bonus)とは継続的に参加する顧客に対し、一定の条件を満たした場合、報酬として無料で参加できる権利を与えるインセンテイブになる。
通常これらはHandle(顧客による賭け金)の一部として認識する。
顧客が勝てば、事業者にとり勝ち金の支払が発生する(即ち顧客勝ち分として差し引かれるわけで、事業者収益はそれだけ減少する)。
逆に顧客が負けた場合には、現金が動くわけではない。
かかるPromotional Expenseの税前控除を認めない場合には、顧客がこれを使用した場合、勝ち負けに関係なく、Handleの一部として認識し、GGRの計算上これを加算し、事業者の課税所得(Taxable Revenue)の一部として、課税対象となる。
よってこの場合、結果的には追加的に課税されることになる。
またこれは架空の売り上げ数字がGGRの一部として課税対象になることになり、事業者にとり実効税率は上がってしまう。
また、これでは実際のPromotional Expenseの金額が開示されない限り、正確なGGR収益を捕捉することが難しくなる。
一方、これらPromotional Expenseを課税所得(Taxable Revenue)から控除することを認める場合には、名目的なGGRからPromotional Expenseを控除したGGRが課税所得対象収入(Taxable Revenue)となる。
常識的に低いレベルのPromotional Expenseであるならば本来問題にもならなかったかもしれない。
ところが現実に生じたのは企業としての収益を無視し、制度として上限を定めていない以上、極めてアグレッシブに顧客誘引費用や広告宣伝費用を顧客に提供し、大盤振舞いのフリー・プレーやボーナスを提供する事業者がでてきたことにある。
この理由の一つは、競争環境にあり、熾烈な競争市場で競合相手を蹴落とす手法として用いられた。
ボーナス等をふんだんに与えることを前提に顧客に新規勘定さえ作らせれば、顧客は逃げず、実質的に顧客を囲い込むことが可能になる。
一端勘定を作り、現金を預託してしまうと、単純に顧客は逃げないものだ。
この結果、初期の段階から市場占有率を高めることができるという理屈である。
問題となったのは巨額な金額になるフリー・プレーを顧客に提供し、これを税前費用控除とすることは、結果的に州政府の税収を下げる効果をもたらすことにある。
この結果一部州の期待税収は、大幅に減少し、名目的な税率と比較し、実効税率は大幅に下がることになった。
典型的な例がコロラド州だ。
2020年5月1日から2021年4月30日迄の初年度のスポーツブック総賭け金(Hold)は$23.2億㌦に達し、調整前事業者名目収益(GGR)は$1億4810万㌦となった。
GGR税率10%のはずだが、税収は660万㌦と低迷した。
制度構築前は、年税収は1600万㌦以上と想定していたため半額以下になる。
この理由は巨額な金額のフリー・プレーが税前で控除され、実効税率が何と4.4%迄低下したことにある。
さすがにこれはないだろうということで同州ではフリー・プレーの上限を定める法改正を2022年5月に成立させている(HB22-1402。
約3.6%のHandleが控除の対象であったとし、段階的に上限を厳しく設定するもので2023年はHandleの2.5%、2024年は2.25%、2023年は2%、2024年以降は1.75%に上限を設定する)。
ルイジアナ州も2022年5月に広告宣伝のためのフリー・プレーによる控除可能上限を500万㌦迄とし、これ以上は通常の税率で課税対象とする法改正を実現した(SB-220)。
アリゾナ州、オハイオ州も同様の上限設定を制度改正により措置している。
この他バージニア州では複数事業者が収入に匹敵する規模のフリーベットを提供し、納税出来ないという珍事が発生し、2022年予算法の中でスポーツブックに関する税インセンテイブは開始後12ケ月に留め、以後廃止する旨制度を改正している。
採算を無視した無制限のインセンテイブ付与等本来ありえないはずだが、法のループホールであったことは間違いない。
(美原 融)