National Council on Gaming Legislation
コラム

2020-07-10

5.IR推進法とIR整備法

カジノを含む統合型リゾートの法制化を、推進法と実施法という2段階で考え、実践するという政治判断は民主党政権の時代になされたもので、当時超党派議連の幹事長であった小沢鋭仁議員が主導し、衆議院法制局と骨格を定め、超党派議連の合意形成を経て確定したアプローチである。これ以前の段階では、制度的枠組みとしての実施法の性格を備えた基本法を策定し、新たに設ける国の規制当局詳細規則制定を委ねればいいという考え方でもあった。この方針を変えた理由とは、超党派議連と様々な省庁との制度構築の議論の過程で生じた課題にある。新たな賭博制度を導入するための刑法上の違法性阻却を正当化するためのロジックをどう強化できるのかということと、様々な既存の法体系との調整・必要な場合にはその改正等国会議員のイニシアチブだけでは調整も判断もできにくい詳細事項があまりにも多いということを理解したためでもあった。従来の公営賭博とは異なり、免許制度の下で民間事業者にその施行を委ねるという考え自体は、わが国の制度としては、過去前例が無く、かなり詳細を詰めないと実施できる枠組みにはならないと想定されたからである。

この結果、国会議員のイニシアチブで策定する法律はIR推進法(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律、平成28年法律第115号)となり、一種の基本法・プログラム法として、理念・政策の方向性・必要とされる制度の枠組みと考え方のみを規定する内容に留めた。かつ、これをどう実践できる制度的枠組みにするかの詳細検討は政府に委ね、推進法策定後1年以内に実施の為の法律案を策定し、国会に上程することを政府に義務づける内容としたものである。これが実施法であるIR整備法となる(特定複合観光施設区域整備法、平成30年法律第80号)。推進法の枠組み構築の中で細心の注意がなされたのは、最低限必須となる一定の制度的枠組みの方向性だけは、立法府の意思として推進法で固めるということに尽きた。理念のみ記載し、全ての詳細の制度設計を政府に委ねるというだけなら簡単だが、この前提で政府に委ねた場合、立法府の意思とは異なった制度となってしまうことが懸念された為である。政府の業務は、この推進法の枠組みを遵守しつつ、これを実現するための必要な省庁間調整と詳細制度設計となった。尚、詳細制度構築の進捗を超党派議連や与党の推進組織がモニターし、必要な場合政治家が介入し、政策上の選択肢につき判断することが当初から想定されていた。政府が策定する整備法案は、国会に上程され、再度詳細に審議されるため、与党の完璧な理解と支持が無ければ、前へ進めないからである。

内閣総理大臣を長とする推進本部が立ち上がり、推進会議が組成、招集され、整備法に関する制度設計の枠組みの議論が平成31年4月から始まった。基本的なコンセプトは同年7月の推進会議の取り纏めで固まったが、政治的判断が必要とされる項目のみが抽出され、これが与党の関連推進組織の討議に付されることになる。行政内部でなぜかこれら項目はマル政と呼ばれるのだが、左程多くはない。いや意図的に政治家の判断に委ねる項目を少なくしているのであって、政治的な議論に時間をかけたり、既に固まった内容をほじくられたりしては困るという意図なのであろう。国会議員は全ての制度設計の詳細の議論に絡んでいるわけではなく、詳細な報告も政府によりなされるわけではない。法律により政府が検討を委ねられた以上、最後に残る政治的判断要素以外は、政府が専権をもって詰めるということでもある。こうなると政治家が関与できる余地は限りなく少なくならざるを得ない。詳細の議論に参加していないのだから当たり前ではある。対象となった政治的判断事項とは、例えばGGRに対する納付金の率、入場料設定の可否とそのレベル、顧客入場回数制限の可否、具体的な依存症対応施策のレベルと内容等になる。様々な考えや選択肢がありうる項目でもあり、確かに政治的な判断が求められる項目かもしれない。政治家の判断を仰ぐ項目を残し、纏めていくという考え方は議員立法で実現した推進法を閣法として整備法に纏める場合には、極めて合理的でもあるのだが、政治家に対し適切かつ十分な情報が提供され、これらに基づき彼らが全体像を正しく把握し、合理的な判断をすることが前提になる。かつ、かかる状況における政治家の合意形成の在り方は単純ではなくなることがある。国会議員の中でも微妙に意見の割れる議案でもあり、ことが公党間で意見の食い違いがある場合には、数の論理でも、内容の議論でもなく、協調・妥協することが優先され、合意形成がなされる傾向があるためである。

IR整備法の場合には、これら政治的判断事項の中には、果たして合理的な結果になったか否かに関しては懸念も残った項目もある。例えばカジノ入場料である。本来依存症とは全く関係ないのだが、入場を抑制することが依存症防止に繋がるというエビデンスの無い議論がまかり通った。当初案として提示された一日当たり入場料2000円は、依存症等を強く懸念する一部与党議員の主張により段階的に引き上げられ、6000円になってしまった。ここに何等かの合理的な論理や説明があるわけではない。高い入場料の設定は、入りたいとする余程の強い意思が無ければ、普通の人は入場しないという抑止効果をもたらす。顧客の参加意欲を削ぐだけではなく、逆に入場料を払った参加者は、賭け金を増やして入場料を取り戻そうとする行動を取りかねない。政策的にはかなり貧弱な判断で、結果的にその意図に反する行動・結果を誘発しかねない側面がある(これをUnintended consequenceという)。この点、本当に充分な議論が行われたのか否かは、外からははかり知ることはできない。

(美原 融)

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