2021-08-18
117.IRにおける政治リスク ③Single Issue Referendum 1)
Single Issue Referendum(シングルイッシュー・レフェレンダム)とは単一の政策的選択肢につき、住民に対しYesかNoを迫る住民投票をする直接民主主義的手法である。
間接代議制を取る如何なる先進諸外国においても、直接住民投票により一定の政策の是非を問う仕組みは存在する。
勿論これは例外的であることが多く、住民投票をするか否かをまず議会で議論し、この法律・条例を可決した上で、住民投票を実施することが多い。
あるいは法律の枠組みとして、法の施行に際し、地域住民の同意取得が義務付けられているということもある。
地域住民に拒否権を与えているわけだ(Opt-In, Opt-Outと言われる手法も米国の州にはあり、例えば法の下で認めれられている賭博施設の設置に関し、住民投票により当該自治体は差別的に制度を適用しない~Opt-Out~とすることができる。
あるいは地方議会・地方自治体が州法で認められた賭博施設誘致を図る場合、住民投票による過半数の議決を必要とする手法等もある)。
より一般的には、①選挙で争点となった政策の遂行ないしは取りやめを確認するために、住民投票を実施する、②一つの政策選択に関し、賛成・反対両方の論拠を明確にかつ解りやすく住民に示し、民意を問うために実施する、③一つの政策ないしは提案を取りやめることの民意を問うために実施する等の場合に住民投票手法が採用される。
明らかに賛否が分かれる政策課題に関し、その是非に関し投票により住民の意思を問うことはやり方次第では極めて民主的かつ効果的な手法になる。
我が国でも住民による直接投票に関する制度的状況は諸外国と類似的である。
地方自治法に基づき、一定数の住民の議会に対する請願により、単一の政策の遂行の是非を問う住民投票条例策定を要請し、この条例が成立することにより、住民投票を実現することができる(地方自治法第74条)。
国レベルでは憲法改正手続き等があるが、直接民主主義的手法の採用は極めて稀で補完的でしかない。
一方、地方自治体レベルでは住民投票は、結構生じることも多い。
例えば、首長の行動や一定施策に関する公約違反等が住民の忌避を招き、リコール運動が生じ、これが住民投票に繋がる場合や、大型公共投資や巨額の財政負担を伴う自治体主導の開発事業等に対する市民の反対(例えば駅前再開発等)、迷惑施設誘致施策(例えば放射性廃棄物最終処分場誘致、廃棄物処理施設建設、行刑施設誘致)等への反対運動等が強くなり、これが住民請願・住民投票条例制定・住民投票へと繋がる場合等になる。
我が国においてもないことはないのだ。
但し、これが実現するためには、反対のための住民運動が生じ、これが活性化し、かつこの動きに対し、多くの住民の賛意を得ることが必要になる。
住民の賛意を募り、合意形成を図ることは、手間と時間のかかるプロセスとなり、単純には実現できにくいのが実態でもある。
民意を問うという観点からは、住民投票も選挙も変わらない。
ならば首長や地方議会議員の選挙の争点として、一つの政策遂行の是非を唯一の争点にしてしまうということが、現実に我が国で生じてしまった。
単一施策の是非を最大の争点として選挙を争うことには様々な無理がある。
どこの国であろうが、地方行政が抱える政策課題はシングルイッシューューだけではないし、選挙自体がこのために行われるものでは無い以上、どうしても論点が感情的、曖昧になり、この結果民意がぶれるリスクが高まる。
単純な命題ならばYES OR NOを問うことは解かりやすい選択肢だ。
但し、命題の是非につきその政策のメリット、デメリット、政策がもたらす効果を公平に列挙し、住民の判断を問うことが本来の住民投票の前提でもあろう。
命題を単純化すればするほど、問題の本質は解かり難くなってしまうというのが現実だ。
選挙であまりにもシングルイッシューに拘泥すると候補者が如何なる政策案を公約としているのか全く解らなくなってしまう。
また一つの政策の是非に伴う選択により、別の政策が影響を被ることもあり、これも内容を検討し、否定的な事項が生じるとすれば、対応策を考慮することも必要になる。
地方自治体における首長や議会の選挙における政策は、どの自治体でも総花的、非党派的になり、どの候補者も政党も似たような政策を列挙する。
こうなると住民の関心も低くなり、投票率も低迷する。
住民の反対感情を煽ることのできる政策をシングルイッシューとして争点とすれば確かに、住民の関心を高め、投票率を上げ、この均衡を破ることができる。
これは政党選択に関係なく、幅広い層から共感を得て、票を集めることにも綱がる。
よって政治的な判断としてはかかるシングルイッシューのみで選挙をやるということもありうるのだろうが、あまり好ましい手法であるとも思えない。
選挙後、再度民意を問う形でしっかりと議論し、住民投票条例を成立させ、住民投票を実施することが、より正確に民意を反映することになるのだ。
もっとも我が国では財源の手当て等何らの配慮もなく、市民一人に1万円給付金を支給することをシングルイッシューとして主張し、選挙に勝ってしまった首長も複数いる。
当然これでは予算も組めず、できるわけがないわけで、選挙後、諦めるというみじめな結果になる。
住民の財政リテラシーのレベルも問題だが、短い選挙期間の間、誰もしっかりとした議論を住民に提示せず、理解もされなかったことこそがより深刻な問題になる。
住民からすれば、解かり難い議論よりも、給付金として金をばらまくならばこの候補でいいという感情が働いてもおかしくはない。
できるか、できないかの本質的な議論は無かったのだから。
これはシングルイッシューを掲げる選挙は、やり方次第では民意をも操作できることを示唆している。
(美原 融)