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2021-08-16

116.IRにおける政治リスク ②首長交替

10条問題は、IRが着実な運営を実践し、成功を納めているにも拘らず、地方議会においてIR反対派が定期的な選挙で多数派を占めるようになり、これが議会で区域認定更新申請を拒否する事象がその本質である。
一方、IR整備法の中には何も記載されていないのだが、現在の地方自治の仕組みからずれば、都道府県等あるいは立地市町村の将来における首長一人がIR反対、IR廃止の立場にたった場合でも、類似的な効果をもたらすことができる。
行政府による政策の継続性という観点からは、推進されている政策が突然変更されることは当然好ましくないし、あってはならない事象なのだが、わが国の地方自治の制度上、かかるリスクが厳然として存在することに関しては再認識が必要である。

一つの政策を実現するため、議会の多数派を構成するように住民を説得し、大きな運動をおこし、多くの反対派議員を当選させ、多数派をとるという戦略は、頭では理解できても、余程の風が吹かない限り、並大抵のことではまず実現できない。
地方レベルになると、個別の政策だけで風を起こし、多数派を構成することが結構難しいためだ。
より単純な政策実現の在り方、あるいは一定の政策への反対運動の在り方とは首長一人のリコールを実現させるか、選挙により、特定の候補を自治体のトップに選ぶことに尽きる。
この場合、分かりやすい形でシングルイッシューとして政策論争を起こし、これを住民運動につなげ、住民の感情を煽るようなことをする。
これにより現職の首長のリコールを実現し、失職せしめ、特定の候補をかつぎだし、首長選挙に持ち込んで、当選させるわけだ。
より争点が明確になりやすいこと、個人の人格や公約違反・過去の言動等により、ヒト一人のみを非難し、否定し、共感を得て、変えさせることの方がより、単純で実現しやすいということになる。
リコールはそれでもハードルが高いが、一定期間毎に行われる通常の首長選挙であるならば、タイミング次第では、このハードルはかなり低くなる(無党派層を感情的に煽り、味方につけることがより容易いからである)。
その他の政策が類似的、この一点のみ政策が真逆という場合、票は割れるため、さあどうなるかだ。
政策とは関係ない票を集められる有名人を担ぎ出したりすれば、更にどうなるか解らなくなるのが日本の地方政治の現実だろう。
住民の判断とは必ずしも合理的であるとは限らず、風や空気がこれを決めることもある。

ところで日本では、首長も議会議員も直接選挙で選ぶ二元代表制なのだが、自治体の首長の権限は(議員と比べると)遥かに強い。
もしIR反対派首長が実現すると、IRが開発段階にあるか、運営段階にあるかで首長の行動は異なる。
公募段階・計画構想段階ならば、事情の変更という理由により、直ちに推進を取りやめ、公募も停止させる。
事業者選定後、区域認定前の段階ならば、申請を取りやめさせる。
もし、申請後で国が審査している段階となれば、申請行為自体を取り下げればいい。
ここまでは、都道府県等にとり財政負担が無い形でやめることはいとも簡単にできる。
例えうまくいかない場合でも都道府県等は一切の責任をもたないということが全ての公募の前提になっているからだ。
一方、もし、これが区域認定後、完工前である場合、完工後、運営段階にある場合等には、実施協定・融資契約等が締結されており、利害関係者が複雑な契約関係を保持している。
これを崩すことになるため、ことは単純ではない。
相当の軋轢が生じると共に、やめるためにも一定の財政負担を覚悟せざるを得なくなる。
かつかなりの時間がかかるという状況もおこりうる。
但し、やめさせることができないということではない。

首長一人の反対により、そんなことできるのだろうかという意見もあるかもしれないが、具体の事例は枚挙に暇がない。
1995年東京都知事選挙において、青島幸雄氏は臨海副都心地区で開催が予定されていた前知事肝煎りの世界都市博覧会の中止を公約に掲げ、圧勝。
知事就任後、東京都議会は推進決議をしたが、補償は金でできるとし、これを無視、中止を強行した。
仕掛中の案件ならば、あまり影響は無いのかもしれない。
一方、総事業費600億円以上の巨額の自治体との契約に基づくPFI事業(近江八幡市市民病院)が、運営開始後、このPFI病院廃止を選挙公約に掲げた新市長が当選したことを契機とし、契約の早期解除(実態は公的主体による資産のバイアウト)に至った事案等もある。
実際にとられた戦略は、かなり緻密で組織的でもあった。
市長は選挙後、直ちに支持推進派の職員の移籍を断行し、有識者を含む「市民病院在り方検討委員会」を組成した。
市民運動としての反対活動を活性化すると共に、地方テレビ、新聞等を動員し、段階的にPFI反対キャンペーンを実践し、事業者を孤立させるという一種のハラスメントを実践し、退出を迫ったわけである。
最終的に事業者が音を上げ、中途解約に合意することになった。
条件交渉となり、公的主体が債務を引き受け一括償還、違約金を支払うことでバイアウトが実現した。
この事案は市長の傍で(間接的に)実際の行動を見てきたのだが、市長一人の意思から始まり、行政を動かし、既存契約の破棄まで実現したもので、首長とはやろうと思えば、かなり大胆なことができると感心したことでもあった。
利用したのは契約上のツールではない。
大衆の反感を煽る、感情に訴え、反対運動を活性化する、マスコミをオルグする等の政治的嫌がらせ(ハラスメント)である。
一般市民がこの動きに賛同した結果、案件を潰す強力な武器ができることになった。
勿論全てが合法であるのだが、精緻に練られた契約も役に立たなかったというのが現実である。

IRは地域社会の合意形成がその存続のための必須の条件になる。
もし、これが崩れるような事象が生じたとすれば、時間の問題で全体に悪影響をもたらす事象に発展しかねない。
あるいは、顧客が離反し、集客施設に人が集まらなくなる。
嫌悪感を抱くようなスキャンダルや問題を煽ったりしても、同等の効果を生むことができる。
これは、力のある首長一人の意思によって起こさせることも可能なのだ。
これも現在の日本の地方制度が抱える根源的政治リスクの一つになる。

(美原 融)

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