National Council on Gaming Legislation
コラム
  • HOME »
  • »
  • 141.IR:本邦企業の投資行動 ⑥D/E比率

2022-01-24

141.IR:本邦企業の投資行動 ⑥D/E比率

Debt to equity ratio(D/E比率)とは、負債資本率のことで、自己資本に対する有利子負債の比率をいう。
これが1を超えると借金過多、返済義務のある有利子負債が多いわけで、財務健全性は弱いとみなされる。
1以下だと安全度は高いと言われるのだが、所詮これは教科書による説明で、実際の負債資本率をどう評価するかは、当該事業の投資規模、事業が抱えるリスク、スポンサー(出資者)の資質・財政力、事業性特にキャッシュフローに関する融資金融機関の評価・要求・条件交渉等によっても大きく変わってくる。
この比率が低ければ低い程、出資者が資金をより多く拠出するため出資者のリスクは増え、同じ事業に融資する金融機関のリスクは減る。
逆にこの比率が高いと、出資者のリスクは小さく、融資金融機関が取るリスクは増えてしまう。
これに加えて事業の定性的評価が更なる評価判断要素になる。

一般的な考えとしては、一国内において実績・経験が全くない初めての事業である場合、あるいは過去取引関係の無い事業者が銀行に対し資金の借り入れを要請すると、余程の事情が無い限り、あまり積極的な融資の姿勢を見せてくれない。
実績が無い場合には、失敗の確率はかなり高いと判断されてしまうからである。
この場合、銀行から資金を借り入れようとすると負債資本率をできる限り小さくすること(即ち、出資家のリスクマネーである資本金を増やすこと)を融資金融機関は要求する。
金融機関は当然事業の定量的・定性的評価を実施した上で判断をくだすのだが、考慮するリスクの中には、政治リスクから、業を取り巻く規制や制度がもたらすリスク、スポンサーによるリスク管理能力・財政力も勘案され、リスクが生じた場合、そのインパクトを軽減・吸収できるか否か等も評価の対象になる。
最終的にどの程度の資金を貸してくれるのかは、融資金融機関が当該案件のリスクをどのように評価したかという指標にもなる。
勿論事業が生み出しうるキャッシュフローの大きさや事業性の良さはプラスの側面として評価されるのだが、ダウンサイドのリスクをベースに考えることが基本であろう。

事業類型・案件のリスク・プロファイルによっても、負債資本比率には一定の傾向があらわれる。
スポンサーへの負債返済遡及が限定されるプロジェクトファイナンスの場合でも、リスクがあると判断される案件の負債資本比率は低くなる。
逆にリスクが全く無いと判断される案件の場合には、限りなく出資比率を下げ、資本のレバレッジ効果を高めることができる。
例えば英国のPFI案件では出資比率は平均約10%程度でもあった(よって90%は負債になる)。
途上国におけるIPP発電事業のプロジェクトファイナンスでは、キャッシュフローは売電契約で相対的に安定的だが、カントリー・リスク等もあるため、20~30%の出資比率は市場での相場となった。
一方日本のPFIのプロジェクトファイナンスでも、当初は出資比率は10%程度であったのだが、融資銀行にとりリスクが無い案件として組成された箱モノ割賦BTO案件は何と出資比率1%の案件が生じ、これが常態化し、所要資金の殆どを負債に頼る構図となっている。
この様に、負債資本率あるいは出資比率は、市場における案件のリスク評価のレベルを示唆することになり、案件毎に異なるとはいえ、事業類型や分野毎に一定の数値的傾向が存在する。

では、わが国のIR事業の場合にはどうなるのであろうか?大都市のIR事業の場合、総事業費は1兆円強、地方都市の場合には3500億円から4000億円という数値が公表されている。
アジアの他国では確かに実績はあるとはいえ、日本では実績も経験もない業でもあり、事業計画通り売り上げや収益を計上できるか否かは不安定要素も多い。
但し、収益事業のコアとなり、収益を生み出すのは民設民営の賭博施設となるカジノであり、一定の制度的枠組みに基づき、実質的に地域独占のメリットを享受できること、一定の潜在的需要は十分にあると想定され、かつ他国の事例をみても、かなり高い事業性を維持できる施設であること、交通の利便性の良い戦略的・地政学的に良好な地点であること等の良い条件が重なれば、相応のキャッシュフローを生み出すことも想定される。
そうなると金融機関にとっても有効な融資対象となる可能性は十分にある。
一方、その実現と実践に関しては、通常の商業施設にはない、様々な制度的・社会的リスクも存在し、リスクの内容とそのレベルも生半可なものではない。
アジアにおける他国でのIR先進事例では、スポンサー保証付きの債券発行や、スポンサーのバランスシートをバックとした(債務返済保証付き)資金調達で当初の資金を賄い、完工後これらを市中銀行からの短期ノンリコース・ローンに借り換え、これをローリングする等の複雑な資金調達のテクニックスが利用されている。
即ち、リスクがある段階はスポンサー(出資者)がAggressiveに資金を拠出し、当初の資金調達を考えている。
これらの案件はスポンサーの出資比率としてとらえると、恐らく50%以上になり、出資家にとっての負担はかなり大きい。
一昨年IRに関するセミナーのパネルに参加した際、参加した外国金融機関は、出資比率は勿論交渉次第、但し、日本でのIRにおける交渉のスタートラインは50%だなという公開の席での発言があった。
これでは日本人の感覚からするとかなり高い出資比率となってしまう。
総事業費が1兆円としたら、出資金は何と5000億円だ。
実質的には出資金だけではすまずに、SPCの偶発債務保証や履行保証等を融資銀行に求められるのであろうから、スポンサー(出資者)にとってのリスク・エキスポ―ジャーはもっと高額になってしまうことになる。
この資金調達をどう実現するかは、案件を開発するスポンサーにとってもかなりの覚悟が必要だろう。
生半可なアプローチではうまくいくはずがない。

(美原 融)

Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.
Top