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2020-07-15

7.政策・制度と市場の強さ・弱さ

マーケットが上昇基調で、毎年成長しつつある市場環境にあっては、企業は積極的な成長戦略、戦略投資、新規市場の開拓を進める。2010年代の世界のゲーミング市場は、アジア諸国における市場開拓により、急速な成長発展を遂げたというのが実態である。日本はこの時点で世界に残された最後の潜在的好市場とみられていた。アジアでも有数の先進国、人口密度も高く、個人の可処分所得中エンターテイメントや遊びに支出できる金額も相当のレベルに達しており、かつ中流所得層の人口が多く、既存の公営賭博や賭博類似遊技(パチンコ)等の総支出も結構な金額を占める市場だったからである。かかるビジネスチャンスを好機と思わない世界の大手カジノ事業者はいない。

市場参加者の全てが成長戦略をとり、十分競争的な市場となっているとすると、新たな国で新たな制度・政策を考え、カジノ制度を作り、これを実践しようとする場合、かなり強気の制度設計を試みることができる。市場の「強さ」と「事業者の意欲」を制度設計に反映するわけだ。勿論これは、同様の考えを志向する国がもし他に存在したとすれば、国家間での投資家争奪競争が生じることを意味する。もっとも既に2010年代の当初から、超有望と見なされていた市場は日本以外には存在しない。政治的安定度と国民経済の規模、国民の豊かさ、エンターテイメントのレベルの高さ等、あらゆる側面から見て、日本以外に好ましい投資先は存在しなかったといってもいいかもしれない。他社に先立って先進国である日本に進出し、新たな市場を創出することができうれば、大きな先行利得を取得できる可能性も高い。将来的にはマカオ以上の市場になりうる等空論ともいえる市場想定をぶちあげた経済アナリストも存在した。市場が新たな投資意欲に満ち溢れ、強気である場合、いやがおうにも市場の熱気は高まる。一種のユーフォリア(euphoria)現象が起こる。但し、これは自然発生的な市場の熱気であって、誰かが意図的に操作してつくられたものではない。我が国でIRの政策的検討や制度化が本格的に政府により取り上げられた時期はかかるタイミングになる。巨額の投資をもいとわないと公言する世界的な企業が複数存在し、これらが積極的な(当然リップサービスであろうが)、投資意欲を公言すれば、為政者は強気の市場を好機と捉え、できる限り競争を促しつつ、政策・制度のハードルを高めようとする衝動が生じる。当時大都市ならば1兆円は投資できる等とても根拠があるとも思えないことを平気で公言する事業者が複数社出てきた位だ。これを機に世界最大規模のMICE施設・世界有数の規模のIRの実現を要件とする等一挙にハードルを上げ、これらハードルを乗り越えられる事業者間が健全な競争をし、日本に巨額の投融資を実行するという構図が、詳細制度設計を担った官僚組織の頭をよぎった考え方であったことは間違いない。刑法上の違法性を阻却する特例法である以上、当然それなりの高いハードルを設定することは当たり前の前提とも考えられていた。これ自体は、特段おかしなロジックではない。いやなら日本に投資をしなくてもいいという考えも政府内にはあったようである。

この様に市場が強い状態のまま継続したとするならば、この間に制度を企画・構想・実現し、市場における有望な投資家・事業者に投資を確約・実行させ、IRを実現することができる。この場合、強い市場に高いハードルという当初の政策的意図は成功する。これをうまく実行したシンガポールの様な成功例もある。では日本ではどうなっているのか?という質問は未だ現在進行形である以上、微妙な問いかけになる。おまけにCOVID-19という社会的・経済的な大混乱を伴うパンデミック(疫病の世界的流行)がこの実践過程で生じてしまった。インバウンド観光客は95%減、移動と交流の自粛、検疫強制による実質的鎖国化が数か月以上に亘り世界的規模で継続することになった。ゲーミング産業も既存の各国の事業が全て運営停止状態になり、市場におけるエンターテイメント分野の需要が一挙に蒸発してなくなるという事態が数か月生じたことになる。6月以降、段階的に事態は元に戻りつつあるが、一端落ち込んだ消費需要は単純には戻らない。移動し、集客施設に集うことへの人々の不安や懸念の解消にはやはり時間がかかる。企業は既存の事業の立て直しに最大限のリソースを投入しており、新たな新規市場・新規事業への展開に関しては一斉に自己防御モードになり、「弱気」になるか、選別的投資行動を取るようになってきている。強気の制度設計により制度を実現したのだが、あっという間に市場との立場が逆転してしまうことになった。こうなると、一国にとり、市場において参加者は確実にいるとした戦略や見立て自体が状況次第では崩れかねない。勿論競争環境下では、誰もが「やる、できる」という外見的な主張を崩さないため、冷静な評価が必要だ。競争市場からの脱落、退出、その他の現実的な選択肢へ走る企業が続出してくるか、都道府県等によるRFPの実行性が疑われる可能性も生じうる。表は変わらないが、実態は異なるという状況が生まれている。

IR制度の政策的概念は、市場参加者に活力と意欲があることが全ての前提となっている。勿論精緻な議論の上に積み上げられた制度を壊したり、修正したりすることは簡単にできるものではない。市場が弱気になったときの最も良い戦略は、市場が回復し投資への意欲が再度生じるまで待つ等の暫時的激変緩和措置しかない。市場の趨勢を無視して、規定方針通り実行するとすると政策の在り方と実体経済に乖離が生じてしまうことが起こりかねない。COVID-19の政府対応施策がそうであったように。IRを実現するのは民の活力・資金力であり、主役は国でも都道府県等でもない、国や都道府県等の役割はイネーブラー(Enabler)であって、民が意欲的に参加できる環境を作ることにある。これを無視して強気の制度の施行を強行することは適切といえるのか、熟慮が必要であろう。

(美原 融)

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