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2020-12-18

52.顧客勝ち分に対する所得課税④

2020年税制大綱を取りまとめる与党税調の議論は11月から始まり、臨時国会会期末の12月3日で平場での議論を終了した。
12月8日、9日と与党内の内部的な議論や調整が行われ、12月10日に大綱が取りまとめられた。
内、IRに関しては個人のカジノ収益(顧客勝ち分)に対する課税をどうするのかが昨年来の懸案事項として、大きな議論の対象となった。
誰かの入れ知恵なのであろうが、主税局は昨年来、個人(居住者並びに非居住者)のカジノ収益に対する課税を源泉徴収で行うべしと強行にかつ執拗に主張してきたからである。
不特定多数の顧客が来訪し、金銭を賭して遊ぶ場合、勝つか負けるかは僥倖にすぎず、勝つ場合もあれば、負ける場合もある。
安定的な収益源とは言い難いし、多くの人が少額で遊ぶ場合には、顧客の勝ち分を把握することは胴元であれ、課税当局であれ不可能に近い。
かかる事情から、諸外国では原則遊興賭博の顧客勝ち分は課税対象とはしないとする国が殆どになる。

一方我が国の主税当局が注視したのは、高額賭け金で遊ぶ居住者・非居住者VIP層の勝ち分から取れ漏れがないようにしっかりと課税したいということなのだろう。
国内居住者による勝ち分が原則一時所得として申告課税対象となるのは、現在の公営賭博と同じだ。
非居住者VIPを課税対象とし、取りっぱぐれの無い簡便な手法として源泉徴収と言い出したわけだが、非居住者の場合、二国間租税条約で非課税となる国もあり、実務的に不特定多数の顧客を対象に処理することは不可能に近い。
この点、一部与党議員の中にも源泉課税に同調する議員等が存在し、単純な議論ではなくなったという経緯がある。
主税当局の意向も解らないわけではないのだが、単純な形で課税できない複雑な事情がある典型的事例になる。
尚、自民党税調幹部は当初から「日本も国際標準に即した制度にする」と述べ、海外と比し、「日本のみが突出した考え方を取ることはしない」旨をコメントしてきたという経緯もある。

12月3日の税調の平場の会議では、①日本人顧客(居住者、よって居住者たる外国人をも含む)に対しては、課税対象とし、確定申告により徴税、②非居住者(外国人)に対しては非課税とする方向性で税制大綱に盛り込むことになった。
主税当局によるおかしな主張(日本人、外国人いずれも非差別的に源泉所得の対象にする)は退かれ、何とか外国人からも税を徴収したいという主張も退かれたという常識的な結果となった。
少しでも税金を徴収したいのならば、もう少し賢い戦略や手法もあったと思うのだが、世界の実態を正確に把握せず、筋違いの大上段で切りかかろうとするから、返り討ちにあっただけとみるのが適切な解釈になる。
この過程では、かなり横道にそれた議論もあった。
取り纏められた2020年の税制大綱は「非居住者のカジノ所得については非課税。
居住者については国内の公営ギャンブルと同様、課税とする」とし、「支払い調書の提出は求めず、税務当局が国税通則法に基づく情報照会手続きを活用すること等を通じ、自主的な申告の確保を図る」と規定している。
もっとも税制大綱の規定は、与党としての方針であって、政府はこの方針に基づき、「令和4年度以降の税制改正で具体化する」ことが前提として大綱に明記された。
方針は決まったが、何をどう制度の中で変えていくのかはまだ見えず、あと1年検討、議論し、税制改正に組み込むということになる。

宝くじ等の当たりくじが非課税となることは、個別の許諾法の中で明示的に規定されている。
居住者が宝くじを購入することを前提としているため当たり前であろう。
競馬、競輪、競艇、オートレースなどの払い戻し金は、単純に現行の税法を適用し、一時所得となる場合があると判断されている。
その課税関係は所得税基本通達(法令解釈通達、平成30年6月改定)に「一時所得の例示」として記載されている。
カジノの勝ち金に対する課税関係も、居住者に関しては、上記所得税基本通達に公営競技と共に列挙されることになるのであろう。
一方非居住者(外国人)に関し、カジノ勝ち分を非課税とすることは、例外的に、課税当局が課税権を放棄することを意味する。
この例外規定をどのような条文で、どのように法令ないしは通達等の中に書き込むのであろうか。
ややこしいのは、公営競技と平仄を合わせる必要があることだ。
カジノと同様に、非居住者が偶々来日している間に馬券、舟券を購入し、大勝ちした場合も当然その勝ち分は非課税にならなければつじつまが合わなくなる。
そんなことあるわけないではないかと思う御仁もいるかもしれない。
確かにまずありえない確率ともいえるのだが、非居住者も自由に馬券・舟券を購入できる以上、非居住者が億単位の勝ちを得る可能性はゼロではないということに尽きる。
この様に一つ例外規定を一つの分野に明示的に設けようとすると、他の類似的な分野も同等に対応せざるを得なくなるのが常識的な判断になる。
もっとも主税当局からすれば、非居住者に対する課税権放棄等を法令に記載するなどできれば避けたいと思うのが当然だ。
何も言わなくとも、現実にはまずありえないし、例えあったところで法の執行(Enforcement)は限りなく難しく、実務的には非課税という状態になることは目に見えているからである。
もっともこれでは非居住者にTax Liability(法律上の納税義務)は残ってしまい、非課税ではなくなってしまうことになる。
法的な担保(Assurance)をしっかりとらず、曖昧な状態にしてしまうと後刻思わぬリスクが生じかねないため、注意が必要であろう。

(美原 融)

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