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2021-09-13

123.日本のIR政策は失敗か? ②事業者投資意欲の変化

「日本の制度や行政の慣行は何年日本にいても解かり難い。
毎回新たな発見だ。
」とは既にかなり長い間に亘り日本におけるIRの開発を担ってきた外資系カジノ事業者幹部の発言である。
しっかりとした弁護士やコンサルタントのチームが付いているにも拘わらず、どうしても欧米のビジネス慣行とは異なる日本の特異性を感じてしまうのだろう。
確かに、日本語の法律や規則の文章は、単純に英訳したものを見ただけでは、理解できない部分が多い。
行政文書自体が特有の表現を用い、難しいと共に、解釈や運用の在り方を聴取したりしない限り、その意図を正確に把握できにくいからだ。
厳格な制度や規制を前提とする我が国の法令には特にかかる性向がある。
パブコメ検討案作成や公開・非公開対話等に際し、海外カジノ事業者からの様々な質問等(勿論英語)を垣間見たことがあるが、果たして法律をしっかり読んで、理解した上での質問か疑問に思うことが多い。
明らかにできないことを平気で要求してくるからだ。
恐らく、カジノの制度や規制は世界的に業界標準的なものが存在し、日本のカジノが世界共通的な標準に準じるならば、制度も規則も類似的に収斂するという前提で、日本の制度的事情を精査せずに質問してきただけと想定される。
制度の大枠は、現状できているとはいえ、法令・規則等を含めると膨大な量の文書になる。
全てを予め精査し、理解した上で行動しているわけではなく、段階的に状況を把握、理解しながら、日本市場への参画を考慮しているのであろう。
かかるアプローチの問題は、確固たる市場へのコミットメントが無い儘、開発行為を続けていることにある。
この場合、状況を理解するにつれ、何か等の問題をトリガーとして、参入意欲が減退し、市場撤退を決断する可能性がある。

IR推進法制定時点での海外カジノ事業者の意識は極めて積極的、意欲的であったことは明らかだ。
勿論これは制度設計の詳細ができていない時点での話であって、全ての事業者が巨額の規模となる投資は可能、都道府県等のあらゆる要請も対応可能として、一部日本の関係者に幻想を抱かせたことは間違いない。
確固とした市場と潜在的需要があり、合理的な制度や規制があれば、これは可能という前提に基づき、様々な事業者が知名度を上げるセールス活動に奔走したという時期もあった。
一方これが段階的に変容してくのは、政令及び基本方針に基づくIRを構成する中核施設群の個別施設の高いハードル(大規模施設要件)が明らかになり、かつ誘致を目指す都道府県等が更にこのハードルを更に上げるインフラ附帯施設負担金等の個別自治体が課す要件を開示し始めた頃からになる。
この結果、実質的な公租公課はかなり高くなり、大規模中核施設に巨額の投融資が必要になるということは、余程のキャッシュフローが無ければ、投資コストの回収に時間がかかるか、投資としてペイしないということになりかねないリスクがあることになる。
当該地域におけるIRの集客力や市場性に疑いはなくとも、制度の詳細があきらかになるにつれ、需要自体を抑止させ、収益を圧迫しかねない側面がある規制も段階的に明らかになったといえる。
マイナンバーカードによる本人確認や入場回数制限等の様々な需要抑止規制である。
例え規制は善しとしても顧客にとりできる限りシームレスな手順を運用上考えない限り、入場に長打の列をもたらすようでは結果的に顧客の忌避を招いてしまう。
実務上改善できる諸点もあるのだろうが、需要抑止策は結果的には単純に需要予測とキャシュフローを割り引く要素になってしまう。
要は採算が悪くなるだけだ。
個別地域が抱えるハードルが高すぎる場合、その地域での実現を断念し、今度はよりハードルが低い地域、あるいはより安定的な需要が見込まれる大都市に事業者の焦点は移ることになる。
都道府県等の首長の交替により、行政府の方針転換がなされ、(推進意思のある基礎的自治体の意向を無視し)IRを断念する都道府県等がでてきたことに伴い、制度自体に類似的リスクが内在することも事業の存続を不安定にする要素ではないかとする指摘も生じてきた。
また、カジノ管理委員会による規制も事業者の裁量が制限される側面が多く、あまりにも詳細、かつ厳格すぎる側面があることも指摘されている。
これに加え、2020年以降、コロナ禍による現在の市場の縮小化は、将来への不安定さを更に増幅させることになった。

IR制度や規制の枠組みの中に、実務的には課題となりうる要素は多々あるが、特段に注目すべきDeal breakerとなる項目は存在しないし、あからさまにかかる非難をする事業者も見受けられない。
IRの政策自体もその基本はおかしくはないし、決して失敗したわけではないのだが、市場環境の悪いタイミングでこれを実行するということ自体が、想定外のインパクトをもたらすことになったことは間違いない。
市場参加者による興味や投資意欲の一時的減退、これがもたらした競争環境の劣化・喪失である。
右肩上がりの経済の時は、誰もが将来もこのまま継続して成長することを信じて疑わない。
一方、一端この前提が崩れ、市場が例え短期間でも縮小すると、途端に将来に対する不安感や不安定さの懸念が広まってしまう。
勿論現下の市場の不安定感の原因は時間の問題で解決しうると考えられ、状況の改善を待ちつつ、政策を推進するという政策的選択肢もあったのだが、既にバラバラに動き出している仕組みを一端停止することはできなかったのが実態の様である。
この環境下で相当な投資を伴う事業者提案を公募し、事業者選定を実施するということは、提案の質、提案の実効性に潜在的課題を残しかねない実態をもたらした。
これは事業者選定に際し、都道府県等が主催した事業者選定評価委員会の最終報告書からも読み取れる。
提案としては如何に立派な内容であっても、収支計画や資金調達計画に実効性が無ければ、絵にかいた餅でしかない。
勿論まだ時間は十分あり、修復もリカバリーもでき、内容をブラッシュアップできる余地はある。
しかし、今後どうなるのか、Credibleなしっかりとした区域整備計画を提案できるのか、予断を許さない状況が続くのではないか。

(美原 融)

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