National Council on Gaming Legislation
コラム

2020-08-28

20.IR:コロナ禍と保険適用可能性

保険とは市場において、事業やビジネスの遂行に関し、リスクへ対応する有効なツールとして存在している。
リスクが起こりうる確率・蓋然性が審査・評価され、リスクに見合う保険料を保険会社に支払うことにより、当該リスクが将来起こった場合の財政的帰結を保険会社が負担するという形でリスクをヘッジすることができる。
理論的にはあらゆるリスクは保険付保の対象となりえる。
理論的といったのは、例え保険が付保できても、実務的には不可能ということもある。
負担不能な高額の保険料となる場合や、当該保険付保対象市場自体が狭小で、大きなリスクを市場でとれない場合、あるいは、付保すること自体が意味や価値がない場合等もありうるからである。

では感染症となる新型コロナ・ウイルスが企業活動にもたらした、費用・損害等は保険付保の対象となるのであろうか。
勿論これは保険約款次第になる。
但し、感染症や世界規模の感染蔓延(Pandemic)を保険付保の対象にする保険商品は、現在のところ存在しない。
2003年SARS以降感染症(Communicable disease)を適用除外とする保険約款の慣行が根付いたからである。
感染症は公衆衛生上のリスクになり、一端感染が拡大すると、コントロールができにくいまま、社会に蔓延しうる可能性がある。
この場合、損害の原因と結果をリンクできにくいと共に、損害の評価も査定も難しくなる。
リスクの蓋然性を確率で計算することもできない。
また、この事象自体が、施設に対し何等かの物的損害をもたらすわけではない。
集客施設の場合、具体的な損害とは、①顧客が不安がり、施設に来なくなるという事象に伴う売り上げの急激な減少、②国、地方自治体等による施設閉鎖命令・営業自粛要請等により、施設の全部ないしは一部を閉鎖せざるを得ない状況がもたらす財務的な損害、③収入が途絶えるために、職員人件費や施設維持管理費等固定費・変動費支出は現存し、費用を収益で賄えない状況が生まれること、④個人防護具(PPE)の調達や在庫確保がもたらす追加費用、⑤営業行為に必要な機械・機材・器具・施設等の不断の洗浄・滅菌等がもたらす費用負担、⑥何らかの理由による第三者損害賠償責任等になる。
自然災害のように、物的な資産の損壊等解かりやすい損害ではなく、大きな環境変化がもたらす費用増、即ち、顧客減少、営業不能、収入が途絶え固定費用を賄えない等経済環境の極度のかつ瞬時に生じる大きな変化がもたらす損害・費用増ということなのであろう。

上記に対し、企業が付保している様々な保険商品は感染症に伴う費用増に対応できるのかが本年初頭以降、このコロナ・ウイルス感染が拡大しつつある期間に亘り、市場における大きな話題となった。
既存の保険商品・保険約款で対象になりうるのではないかとする被保険者による主張である。
米国ではこれが即被保険者による保険会社を提訴する事案へと繋がった。
特に州政府による行政令となる自宅待機命令(Stay Home Order)により、実質的な営業停止を迫られた事業者は、保険会社に対し、損害を保険請求したが、拒否され、連邦地裁に提訴する事態が生じている。
あらゆる保険会社は、コロナ・ウイルスが起因となりもたらされた直接的・間接的な費用増、第三者に対する損害賠償責任等は、既存の保険商品、保険約款では付保対象外となることを明確に主張し続けている。

興味深いのは実際の提訴事例でラスベガスのカジノ事業者Circus Circus LV LPが本年6月にAIG Specialty Insurance Coを訴えた事案である。
2019年12月から2020年12月迄の付保期間に亘るオールリスク保険で保険付保対象は資産の物的損壊に対し5億㌦、営業収入損失に関し、上限9700万㌦になり、支払い済み保険料は160万㌦である。
原告の主張は、コロナ・ウイルスは「モノ並びにモノの表面を汚染させる能力を持ち、これが資産に対し物的損害を与えた」という提訴理由になる。
事業中断保険・営業利益保険(Business Interruption Insurance)は約款上、事象がもたらす物的損額とリンクした営業利益損失が付保の対象になる。
この定義を拡張し、コロナが物的損害をもたらしたとしたわけである。
解らないわけでもないが、こうなると弁護士による言葉の遊びに近い。
類似的な訴訟としては、5月にもラスベガスのカジノ事業者Treasure Island LLCが保険会社FM Insuranceを提訴したが、これはウイールス汚染に伴う洗浄費(Clean up cost)の保険求償請求が拒否されたことが訴因になる。
こちらは単純に保険約款の解釈の問題でもあったが、既にカジノ側敗訴が確定している。
いずれの場合も、かなり無理筋な保険求償請求でもあり、保険会社の主張が通ることは間違いない。

6月には複数事業者の組合が、複数のカジノ事業者を職員の安全確保、適格なウイールス保全策を怠ったという理由で集団提訴した。
この他にも労働者補償(Workers Compensation)や通常の商業的取引に伴う義務不履行等で保険求償に係る係争が生じる可能性も高い。
また今後顧客が施設内の汚染防止策が不徹底なために感染したとして顧客から損害賠償請求を受けることもありうる。
既にネバダ州では、立法措置により、頻発しうる法廷訴訟から民間(カジノ)事業者を保護する法案(Covid-19 Liability Protection Act)が上程され、議論されつつある。
感染症は完璧に防止できる方策等単純には実現できない。
例え万全の防止策をとっても、感染しうる可能性もあり、所詮これはお客のリスクということなのだろう。

上記で見た通り、社会に蔓延しうる疫病や感染症が企業にもたらす損害・損失に対する効果的な保険商品は現状市場には存在しない。
コンサートやイベント等のキャンセルの場合には、Event Cancellation保険等により、主催者の抱える費用損失の一部を補填できる可能性はある。
IRの場合であっても、工夫により、一部事業活動への保険付保は可能とはなるだろうが、万能ではない。
所詮、費用とリスクの蓋然性との兼ね合いになる。

(美原 融)

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