2021-05-07
87.カジノ管理委員会規則案:⑦暴力団構成員排除の在り方
IR整備法第69条二項は暴力団構成員等をカジノ入場禁止対象者として定義し、カジノ事業者に対し、顧客入場の際、これらを特定し、その排除を義務づけている。
暴力団構成員等とは正確には「暴力団対策法第二条第六号に規定する暴力団員又は暴力団員でなくなった日から起算して5年を経過しない者」(第41条第ニ項第ニ号イ8)と定義されているが、もとよりかかる氏名リストや個人情報データ等が公表されているわけではない。
勿論警察公安当局は全国の暴力団組織を把握しているし、その主要幹部等はある程度把握しているはずだが、全体の情報は不明で、かつかかる個人情報は公開されていないし、一般的には知る余地もない。
既存の日本の仕組みは、警察公安当局(現実的には地域単位の都道府県警察)が民間主体とは直接関与することをできる限り避け、あくまでも間接的に警察OBの組織(都道府県等暴力追放運動推進センター)を経由し、民間事業者から照会があった場合、入手できている情報を与えるという仕組みになる。
通常の企業はこれをもとに取引を始める顧客や取引先、雇用する従業員等の反社チェックを行い、暴力団構成員等や反社ではないことを確認している。
上場企業ではスムーズな公安警察当局との関係を維持するために警察OBを天下りとして雇用している企業が多い。
もっともこの場合、供与される暴力団構成員・反社の個人情報とは氏名のみ、しかもカタカナであることが多く、完璧な情報ではないし、生体認証等本人確認に有効な情報は殆ど無いと言われている。
おそらく警察公安当局が保有する原データも組織的なものではなく、個別の事案から緻密にアナログ的に集積した情報であって、完璧な情報ではないのだ。
かつ一次情報は正確性にも欠けるという。
これら既存の枠組みは「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法令」に基づき、個別の地方公共団体が定めた条例に基づくのだが、不特定多数の顧客が大量に押し寄せる施設において、入場時点で一定の属性の人物を特定するということはかなり大変である。
しっかりとした暴力団員等データベースと本人確認手法があれば民間がこれを入場時点で特定化することは100%可能だ。
逆にしっかりとしたデータベースが無ければ不可能に近い。
規則案第54条二項イは「暴力団員等の本人特定事項その他の暴力団員等の識別に資する情報及び資料の収集及び整理をし、入場禁止対象者の発見に活用すること」、「暴力団員等によるカジノ施設の利用を防止するため平素から都道府県警察と密接に連絡すること」をカジノ事業者が講ずるべき措置として定義している。
規則案第51条3項には「カジノ事業者が収集及び整理した暴力団員等の本人特定事項その他の暴力団員等の識別に資する情報」という記載があり、事業者は顧客の施設入場時点でこれらデータベースと照合し、入場禁止対象者を特定し、排除する義務を規定する。
制度上暴力団員はを入場禁止対象者とされ、これら情報を公安警察当局のみが把握しているならば、対象顧客を特定するための基本情報やデータは本来公安警察当局がカジノ事業者に供与すべきではないかとする意見が外資を含めた民間事業者にはあった。
少なくとも最低の照会に対する組織的な対応、情報提供はあるべきと思うが、国としては一切考慮せず、支援もせず、全て民の責任・義務、地方公共団体をベースとした既存の枠組みを活用し、自分で何とかしろということであろう。
一方では法律上民間事業者に、入場禁止措置を取る義務、排除義務を課しながら、その実践に必要となる十分な情報を(持っていると想定されるのに)渡さないという方針は適切な考え方であるとも思われない。
民の自助努力で暴力団構成員の情報を集めろということになるが、①完璧な情報を市場で把握している主体はいない、②防犯センターや民間個人情報調査会社等から断片情報を収集整理することになるが、③入場時点での名寄せで確実に捕捉できるか、特定できるか否かは不明、④入場時点で確実に捕捉するためには、正確な個人情報や生体認証情報があればできるが、いずれも情報を取得できる可能性は低い、⑤中途半端な氏名情報のみで即座に判断することは難しく、個別の氏名を都道府県警察に照会するにしても、即刻の返事は期待できず、顧客として認めざるをえなくなるかもしれない等が現実になりそうだ。
もっとも考えてみれば暴力団構成員とは定住所があり、マイナンバーカードを保持しているのであろうか。
既に公安警察当局が当該主体を暴力団構成員として認知していれば、マイナンバーカードを取得し、カジノ場に提示することは自殺行為になる。
旧構成員や共生者であれば、定職、定住所を得てカードを保持しているかもしれない。
この場合、入場時点で暴力団構成員等であるという判断は、情報が無ければできないが、後刻情報が取れればその段階以降は排除できる。
データべースがしっかりしていれば、問題は生じえないが、これが脆弱な初期段階であると、管理できない側面がどうしてもでてきてしまうリスクはかなり高い。
時間の経過を経れば、情報も集積し、段階的に不適格者データベースを構築することは不可能ではないかもしれないが、時間がかかりそうである。
暴力団構成員のみならず、問題になりそうなのは共生者等周辺にいる反社会勢力でもあり、これに関しては公安警察当局も完璧な情報を保持しているわけではない。
恐らく様々な官民の関連主体が連携・協力しながら時間をかけて不適格者データベースを共有していくことが現実的なアプローチになる。
カジノ事業者間の連携・協力は更にこの考えを強化する。
但し、この仕組みが完璧に胎動するまでは時間がかかる。
かつ民間事業者の努力にも拘らず、暴力団員等が入場し、これが露見した場合、この事実をもって民間事業者が責任を問われるということもしっくりしない考え方になる。
単純に民の責任・義務を遡及するだけでは、解決できない問題を孕んでいるからだ。
(美原 融)