National Council on Gaming Legislation
コラム

2020-10-23

35.カジノ入場料賦課施策

カジノ施設への内国人の入場者に対し、カジノで賭け事をする、しないに拘わらず一律の入場料を賦課するという考えはシンガポール、韓国等で実践されている。
いずれも安易な形で内国人がカジノで遊興することを抑止する施策になる。
欧米諸国にはかかる慣行はない。
カジノとは本来オープンな世界、未成年並びに制度上入場が禁止されている個人は当然欠格者として入場できないが、誰もが自由にいつでも入ることのできる成人のための遊興施設という考え方に依拠するからである。
入場料を非差別的に課すということは、単純に入場を抑止する効果を狙った施策になる。
もっとも、映画館なら映画を見るという「時間とサービス」を買うという価値はあるが、カジノ場の場合、雰囲気を楽しみちょっと中に入ってみよう、少し遊んでみようとする人は入場料を払ってまで入ってみようとはしない。
中に入るだけでは対価を払う価値が殆どないからである。
この結果、カジノは極めて閉鎖的な、限られた人たちだけのクローズドの世界になってしまう。
入場料を払っても遊びたいという意思のある人のみが入場し、参加することになる。
勿論外国人は対象外で無料となり、これはあくまでも日本人顧客に対象を絞った抑制策でもある。

顧客に対し、入場料を課すべしという考え方は、当初の立法過程では、立法府としては漠とした考え方でしかなかった。
但し、与党の一角を担う公明党は、IRの枠組みでカジノを認める場合には、党内反対派に配慮し、何らかの複層的な考えで需要を抑止すべしと考えていたことは事実である。
特に入場料賦課という抑止策をとることにより、結果的に賭博依存症を軽減するのではとする意見が一部にはあった。
但し、この考えに科学的根拠があるわけではない。
逆に依存症傾向のある人は、より多くの金額を賭けて入場料を取り戻そうというという衝動が起こりうる。
よって入場料をいくら高く設定しても、全く逆の効果しかもたらさないことがおこりかねない。

推進会議での議論は、賛成・反対もあったため、取り纏めでは「一日(24時間)単位で入場料を課し、その水準については安易な入場抑止を図りつつ、日本人利用客等に過剰な負担とならないよう、金額を定めるべき」というまことに玉虫色の表現となった。
これには、入場料を法定し、全国一律の入場料を課すべきとする議論や、法定せずに、地域に裁量・柔軟性をもたせ、徴収の可否や水準を考えさせるべきとする議論、あるいは地域に委ねた場合、法外な入場料を設定することも考えられ、法の下の平等や推進法の考え方に反する等という議論があった。
確かに、過剰な負担にならない水準である限り、入場料を賦課するという考え方は、政策的におかしな考えではないとしたのが過半の意見でもあり、これは理解できる。
もっとも顧客にとり過剰な負担と感じるか否かは収入レベルも消費性向も高い大都市と地方ではおそらく大きく異なる。
入場料を全国一律に課した場合、これを許容可能とみるか、禁止的に高いとみるかは、確かに地域毎に異なるのかもしれない。
結局、日本は米国的なオープンな施設ではなく、シンガポールで試みられた抑制的な施設を志向することになった。

ところで入場料を賦課する場合、その水準をどの程度に設定するかに関し、合理的な論拠を立てることは難しい。
「映画館の入場料が・・だから・・程度」というわけにはいかないのは、同じなのは入場料という言葉だけであって、中身も目的も全く異なるため、比較できないからである。
かつ顧客にとっての満足度、支払いに対する許容度も異なる。
他国における水準も、各国毎に事情が異なり参考になりにくい。
韓国では左程高くない設定で、これでは果たして入場抑止効果があるのか極めて疑わしい。
単純に追加税収を企図したものでしかない。
シンガポールではかなり高い水準になる。
真偽の程は定かではないが、低賃金労働者の一日の日当相当レベルにし、彼らが安易な入場をためらう水準に設定したという話も同国政府関係者からあった程だ。
どの程度の水準が適切かに関しては、行政府ではなかなか決めにくい。
結局政治的判断しかないということになるが、政治家とて十分な情報をもって判断するわけではなく、レベルの設定はかなり恣意的になってしまう。
自民党は当初一日あたり2000円を与党内で提案したところ、公明党より猛反発があり、あれよ、あれよという間にこれが4000円となり、最終的には6000円ということで政治決着した。
自公の合意がない限り、整備法案は文案が確定しないことによる政治的妥協だが、果たしてこれが適切な意志決定なのか、合理的なレベルといえるのか、過剰な負担になっているのではないかとする議論は政治的には生じなかった。
一端数字がでてくると、論拠なしに、上げれば上げる程良いという主張を抑え切れず、政治家としてのメンツを保持しながらお互いが妥協するということになったためである。

尚、入場料を高く設定するならば、場内における様々なサービス(飲食の無料提供、あるいは無料ゲームクーポン)等を顧客に提供すれば、顧客からすれば、高い入場料に見合うサービスがあるということで顧客の負担感が減るとする意見もある。
但し、これでは入場料を賦課する目的を損ねる行為になりかねず、コンプ等の提供により負担を相殺する行為は何等かの規制の対象になりうることを政府高官は2019年レベルで公開の場で示唆したという事実がある。

(美原 融)

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