National Council on Gaming Legislation
コラム

2021-10-11

127.IR:事業者提案公募の在り方

民間事業者による提案公募の良い所は、民間の創意工夫や自由な発想が十二分に発揮され、公的主体では思いもしない大胆な発想や仕掛け・仕組みが提案されることにある。
特に競争環境でこれを行った場合、そのメリットは最大限発揮される。
公的主体が公募の主催者である場合、対象次第では様々な考え方がとれる。
例えば公的主体が所有する公有地に民間提案の施設を民の費用・リスクで整備・運営するということもありうるし、一定の公益施設や公共施設と民提案の商業施設を合築する前提で民間事業者の提案を募るということもありうる。
よって、公的主体が一定の制約条件を課す場合もあれば、制約は僅かで、できうる限り民の提案に委ねるという場合もある。
公的主体が何を提案公募の対象とするのか、その目的は何なのか、効果的な競争環境があるか否か等次第で提案公募の性格も、提案される内容とその質も大きく変わる。

シンガポールのIRの場合は理想的にこの事業提案公募が機能した成功例になる。
観光振興、都市再開発という目的の下、アジアでは稀なカジノを含む複合観光施設を、特定の地点、特定の要件を付し、民間事業者のリスク、資金により自由な事業提案を求めたわけだ。
カジノの許諾がもたらす高い事業性に依拠し、ホテルや多様な集客施設を抱き合わせて整備させ、地域再開発を期するという発想は、米国、豪州、ニュージーランド等で先行して行われたが、このスケールを更に大きくし、新たな市場で大胆な構想をしかけたことがシンガポールのユニークな特徴でもあった。
東南アジアのハブ、近隣諸国より富裕層やビジネス旅客、観光旅客を集客できやすい地政学的な利点等が市場における興味を喚起し、世界より主なカジノ事業者等二十数社がこの入札に参加した。
シンガポール政府は競争環境をうまく活用し、民間事業者による最大限の努力、知恵、資金を引き出すことに成功したといえるだろう。
他国ではできなかったことを率先してやったというアジアにおける先行者利得なのかもしれない。
市場による興味が強く、競争環境を創出することができる場合には、公的主体が実現のためのハードルを上げても、民間事業者の投資意欲は減退しないということでもある。
一般論として、新しい市場で新たにカジノを認める制度を設ける場合には、関連主体の興味を喚起し、競争環境を創出することで、うまい案件形成に繋がると言われている。

では我が国のIRはどうであろうか。
日本市場はシンガポール等と比較すると巨大な潜在的市場でもあり、レジャーやエンターテイメントに対する国民の可処分所得は大きく、制度創出の場合には、確実に競争環境が生まれることが当初から想定されていた。
事業者提案公募も確実に成功するはずと考えるのが常識的な判断ともいえる。
我が国のアプローチや考え方は一部シンガポールを踏襲しており、類似的な側面もある。
本来ならうまく機能するはずの事業者提案公募であったのだが、残念ながら、成功裡に終わったものは現状に至る迄一つもいない。
競争は成立せず、1社入札となった自治体、応札者が辞退し、実質的な1社入札となった自治体、複数事業者が応札したが廉潔性が疑問視される主体が存在し、実質的に1社しか残らなかった自治体というのが実態である。
都道府県等は正当かつ慎重な手順を持って公募を行ったのだが、なぜかかる状況に陥ってしまったのであろうか。
この理由は下記にある。

① 市場環境の変化とタイミングの悪さ:
競争が活性化しなかったのは、事業者選定手続きの過程でコロナ禍が生じ、投資判断をするにはあまりにも不安定な環境になってしまったというタイミングの悪さが考えられる。
全体の工程を遅らせ、事業者選定の時期を延期し、コロナ禍の回復迄待って事業者選定をするという選択も理論的にはありえたのだが、国、都道府県等は必ずしもこの必要性を感じていなかったという事情がある。

② 事業性が高いと判断された地点・区域候補の限定性:
事業性が高いと想定される大都市圏の自治体が手を挙げることが期待されたが、1ヶ所
のみにとどまり、かつ要件としてのハードルが高く、事業者に敬遠されたこと。
人口稠密な期待された大都市で誘致を積極的に担う都道府県等が現れなかったことが、市場としての難しさを認識させたのだろう。
これが事業者の参画を躊躇わせたという側面もある。

③ リスク・負担の大きさに見合わない収益性:
特定地域の市場としての制約や都道府県等が課す要件等が収益に一定の制限をもたらす場合、期待リターンを得られないと判断され、民間事業者の参入意欲を縮減する効果をもたらすことになった。

④ 事業者リターンを縮減させる一部制度や規制の考え方と事業者意欲の縮減:
同様に制度や規則等による制限的・抑制的な仕組みは、事業者にとり許容度を超えるリスクや財政負担を強いることになり、これが民間事業者の参加意欲を著しく減退させたということもいえる。

勿論全ての都道府県等は競争環境を創出するために様々な手順を駆使し、努力してきたという事実はある。
但し、国、都道府県等というレーヤーの異なる公的主体が関与し、これらが複雑に絡み合うことが制度の前提となったため、様々な制約が多層的に課されることになった。
事業者による堅固な意志、強い意欲、興味が積極的・意欲的な事業提案を可能にする。
これを減殺する要因は、確実に提案の質を脆弱にする効果をもたらすことに繋がる。
タイミングを間違えれば、競争環境を創出したり、市場参加者の意欲を喚起したりすることが難しくなってしまうことも事実だ。
この様に複雑な仕組みは何か一つでもうまく機能しなくなると、全体がかみ合わなくなることがある。

(美原 融)

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