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2021-10-18

128.区域整備計画と楽観性バイアス

楽観性バイアス(Optimistic Bias)とは否定的な事象等おこるわけがないと信じ込んでしまう認識上のバイアスをいい、非現実的楽観主義、比較楽観主義ともいわれている。
例えばコロナ等自分は絶対かかるわけがない、リスク等ありえないなどと本気で信じ込み、ワクチン等絶対受けないし、不要と叫ぶ御仁の状況のことである。
楽観的なバイアスがかかるのは、好ましい最終的状態に係る認識、自分と他人に係る情報、全体的なムード等が左右するといわれている。
人間社会のあらゆる事象にかかる楽観性バイアスは起こりうる。
公共工事やPFI事業における費用便益分析(B/C)やVFM分析において、将来の需要予測や市場評価をする場合にも楽観性バイアスが生じやすいことが様々な事例により検証されている。
公的主体は事業を推進したいという思いが当然存在するために、あまり否定的な予測や判断をすることはない。
公的主体から分析を任されるコンサルタントも、顧客の顔を見て仕事をするために予測数値の評価がどうしても甘くなってしまう。
事業を担う事業者は公共の分析をDue diligenceとして再評価するのだが、仕事を取りたいという思いがある場合、どうしても楽観的な評価・判断をしてしまう傾向がある。
要は関係主体の全てが案件を推進しようとする思いがあるか、金銭・報酬等対価を支払う顧客の意図を忖度してしまい、甘い評価になってしまうということになる。
勿論この前提でも事業は実現するのだが、実際の需要や実際の収入が当初想定した需要量や収入規模を大きく下回り、キャッシュフローが回らなくなると、時間の問題で事業は倒産し、失敗する。

IRの場合も区域整備計画の核となる需要予測や収入予測に、この楽観性バイアスが入りうる可能性がある。
事業の核となるのはIR施設の開業・運営に伴いどの位の顧客が来場するのか、かかる顧客が施設内で様々なサービスに対しどの位の支出をし、これが事業者にとってどの程度の収益になるのかにある。
但し、問題はIRとは単純な商業活動ではない。
収益性の極めて高いカジノ事業と、資本コストの回収に時間がかかるMICEやホテル施設とが合体した施設の整備と運営だ。
かつどの程度の規模の施設なのか、初期設備投資は収入に見合うレベルか否か等によっても状況は異なる。
カジノ部分が収益の重要部を支えることになるのであろうが、これは日本では誰も経験の無い事業になる。
結局試算のベースは諸外国におけるカジノ収益の実績値を諸条件が同じであることを仮定とし、日本の市場規模に引き直したものなのであろう。
この考え自体が、かなり甘い評価をもたらしてしまう。
国民性や文化・生活様式の違い等により、一国の市民の支出性向は大きく異なる。
計算された前提条件の考え方次第では結果も大きく変わってしまう。
これが楽観性バイアスにより更なる歪みをもたらすことになる。

この背景を利害関係者の立場に立ち、もう少し考えてみよう。

  1. 都道府県等の立場:
    都道府県等は事業リスクを取るわけではなく、全て民間事業者が事業を提案し、事業性を評価・判断し、リスクを担うため、提案を審査する際、事業性評価が極めて甘くなってしまう。
    事業者が責任を持ち資金を調達し、整備し、運営して、資本コストを回収することが基本で、事業性を厳格に精査するという誘因が都道府県等には存在しない。
    案件を推進するという都道府県等の立場は、評価を甘くみる性向を生んでいる。
  2. コンサルタントの立場:
    都道,府県等が起用するコンサルタントの役割は、事業者提案の内容の審査・評価に参画し、行政を支援することにある。
    但し、事業者が提案する投融資計画の前提となる需要予測や収益予測等の妥当性を検証することは恐らく不可能に近い。
    事業者の財政力・能力・経験や資金調達計画の確実性等は評価できるだろうが、その前提となる需要や収益予測は、事業者固有の情報・前提・経験則等に基づくと想定され、詳細が不明ならば、評価のしようがない。
    かつコンサルタントは都道府県等の意向に反する行動を通常取らないものだ。
  3. 民間事業者の立場:
    民間事業者も競争環境にある場合、都道府県等に選定してもらうためには、かなりの大規模投資になるが魅力ある施設群や魅力あるコンテンツを提案することに拍車がかかる。
    過剰投資、過剰仕様気味の提案をしてしまうが、投資コストを回収できるキャッシュフローから逆算して市場規模を計算する等事業性分析が確実に甘くなる傾向が強い。
    本来どの位の数の顧客が来訪し、顧客あたりどの程度の支出をするのか、内国人か外国人顧客か、内単価が高いVIPセグメントはどの程度を占めるのか等という市場分析があり、初めてキャッシュフローを計算できるのだが、甘い評価をすれば、計算上は事業性が成立してしまう。
    この結果、提案としては、内容は極めて立派。
    パースもしっかりとしており、コンテンツもいいことばかりを網羅しており、表面的には問題は散見されない提案になる。
    但し、これらが実現できるか否かは提案時点では確認の方法はない

都道府県等による事業者の選定はしっかりとした財務基盤のある企業、必要資金を調達できる能力、提案を確実に実現してくれるコミットメント等を斟酌してなされたのであろうが、過剰投資、過剰仕様の嫌いがあると共に、需要評価に楽観性バイアスがかかっている可能性は否定しきれない。
都道府県等あるいは国(国土交通省)が事業者提案を適切に評価できるか否かはまだ解らない。
国、都道府県等にとっても、IRの実現を推進することが目的である場合、事業者自らができると主張しているものを実効性はない、できないと評価することは単純にできるものではない。

(美原 融)

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