2020-11-28
46.IRにおける事業者接触ルール
民間事業者を選定する地方公共団体(都道府県等)や、民間事業者を規制し、管理監督する国の規制機関が民間事業者と何等かの接触(意見交換・意見聴取・要望・陳情聴取等)を事業者の要請ないしは自らのニーズに伴い実施する場合、一定の内部的なルールを設けることを事業者接触ルールという。
癒着、汚職等の不法行為や公平性、透明性にもとる公務員としての行為が生じないようにという(公的部門における)内部的な規律・規範になる。
わざわざルール化するまでもなく、規制を担ったり、公共調達を担ったりする公的主体職員にとっては、一般法の規定(国家公務員法・地方公務員法等)上かかる規範が課せられ、これを遵守することは当たり前の話になる。
ところが、民間事業者による対公務員接待とか、金銭・物品の付け届け等の賄賂、請託、情報の遺漏、不公平な取り扱い等が現実に生じた場合、公的部門内部職員の遵法意識を喚起し、対内的に規律を引き締めるという目的でかかる内規が設けられることが多い。
特にIR整備法の場合には、立法当初より、犯罪を誘引する、利権や金銭の臭いがあるという感情的な意見も反対派の中には存在し、公と民の関係に何等かのやましい関係があってもおかしくないという発想があったため、事案が現実になると、公的部門は確実に委縮し、事業者との接触を制限することになる。
大阪府・市のIR案件で市担当職員が潜在的事業者と会食を重ねたり、情報交換したりしことが議会で問題視され、結果的に委縮的な接触ルールが設けられたことがあった。
本来何らやましいことの無い、お互いの情報交換や会合であったとも思われるが、以後、民間事業者にとり、公的主体と面談すること自体が極めて制限的になった。
IR推進法案、IR整備法案の国会審議でも、与党国会議員と潜在的カジノ事業者の交流や関係は幾度となく国会で野党議員の追求の対象となったという経緯もある。
2019年末の国会議員によるIR汚職疑惑、国会における追求も国会議員諸氏や政府幹部をビビらせたに違いない。
法にもとることは何らしていなくとも、接触し、自由な意見交換をしただけで、何かやましいことがあるに違いないと疑われるからである。
この結果区域整備計画を認定する国土交通省、事業者を規制監督するカジノ管理委員会としても何らかの規範を示す必要性が生じ、平成20年10月に公表された基本方針案(改定)第4項1号に「公平性及び透明性の確保」として国としての接触ルールの基本が規定されている。
内容としては特段特筆する必要もない内容となるのだが、①面談は庁舎内、複数職員にて対応、②事前・事後に面談の内容につき上司に報告、③面談時、特定の事業者が不当に有利又は不利になる行為をしないこと、④面談記録を作成し、一定期間保存すること、⑤電話、メール、ファックスのやり取りは事務連絡に留めること、⑥IRに係る職員から最高責任者迄接触ルールの対象とすること、⑦IR事業を行う者、カジノ関連機器等製造業等行う者、これらを行うとする者等を接触ルールの対象とすること、となる。
以後、都道府県等はこのルールをも厳守した上で事業者との対応を迫られるわけだ。
民間事業者も行政との対応は慎重かつ工夫を要するということが必要になるかもしれない。
なんともはや、堅苦しい世の中になったものだ。
職場以外の個別面談等絶対ダメ、相手と親密になる会食・飲み会等もってのほかということなのだが、公式・非公式の会合や接触を通じて、相手の意向を探ったり、相手の人となりや組織としての意図を正確に理解した上で、より相手が納得する応札戦略を考えたりすることは、民~民のレベルでは、おかしな話ではないし、日常茶飯事的になされている慣行でもある。
一方、これが公~民の関係になると、特定の民間事業者や個人と何等かの接触・関係を持つこと自体が、透明性・公平性の欠如と見なされかねないことになるわけだ。
公務員として公平性、透明性を確保しながら、仕事を担うことは当然なのだが、本来必要不可欠とも思える接触や意見交換の在り方や手順を厳格なルールとしてしまうと、①お互いが委縮してしまうこと、②接触そのものを忌避してみたり、必要ないと判断したりしてしまうこと、③本来多様な考えの中で意見交換することにより、相手の考え方や思考を理解し、これを政策の実践の中で生かすということができにくくなること、④どうしても相手を無視し、独善的な判断になりかねないこと等の問題が顕在化しかねない。
上記は、これから制度の詳細を構築しようとする段階において、マーケット(市場関係者)と政府・規制機関とのインターフェースが確実に弱くなることを示唆している。
政府・規制機関にとり、市場の実態や情報、民間事業者の意図・意向・意見等の情報は、適時、適切に一次情報として入手できなくなる。
自分が積極的に動くことは少なくなり、受け身的な行動や、二次情報、三次情報が主体になってしまう。
変化の激しい市場動向や情報、関係者の意図等を正確に読み取り、制度設計や規制の考え方にこれらを適切に反映していくことが国や国の機関たる規制者に求められるのだが、単純にことはそうは運ばないという事情が生まれている。
民間事業者との接触にすら委縮している状況だと、官民の人事交流や民の専門家を公的組織の中に任期付き職員として雇用することには、更なる高いハードルが設けられそうだ。
天下り規制も同様の厳格なルールが敷かれるべきだが、なぜかこの議論は表にでてきていない。
市場関係者と政府・国の機関との間に認識や情報のギャップが存在することは、本来好ましくない。
接触ルールの厳格化は、このギャップを固定しかねない側面もあり、何等かの実務的工夫によりこのギャップを埋める努力が官民双方に必要となる。
(美原 融)