2020-07-03
1.IR:政策とその実践の難しさ
政策とはいまある社会の在り方をあるべき社会へと持っていくための考え方である。一定の政策を立法府や行政府が立案し、これに基づき法令や制度を創出したり、予算をつけたりすることで、人や組織を動かし、社会を変える実践を担うことになる。法律や制度を作る主たる担い手は立法府だ。もっともこの担い手は立法府のみならず、行政府となることもある。立法府が作る法律案は議員立法、一方政府が作る法律案は閣法と言われ、実態は政府提案(閣法)が圧倒的な%を占める。政府(行政府)が政策を立案し、法律案を作り、国会での審議・決議を経て、法律を執行するという仕組みが殆どである。一定の政策から法律案を作り、これを法律として実現するということは実は単純ではない。既存の法体系との整合性を図る必要性があることや、誰がどう法執行の枠組みに関与していくのか、効果的な法の効果は得られるのか等を熟慮した上で、法律案を構築しなければならない為だ。既存の法体系や行政実務に精通していないと、せっかく法律を作っても、全く使い勝手の悪い法律になってしまうということも起こりうる。かかる事情により、国会議員が提案する議員立法は、理念や概念的な政策指針等を示す基本法やプログラム法となる傾向が強い。これは詳細な実践の在り方まで踏み込んだ法律案を政策的に考える経験やこれを可能とするリソースを国会議員は保持していないからである。勿論衆議院法制局という官僚組織の支援はあるのだが、一定の政策の下に議員主導で法律案を構築し、これを実現することは単純ではないということに尽きる。
PFI法とは1999年7月に制定された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」で議員立法となる基本法である。従来は国や地方公共団体のもとで細かく計画されてから民間に発注されてきた公共事業(公共施設の建築・運営や公共サービスの提供)を、設計・建築・運営管理も含めて民間に委ねる手法になる。英国の制度を模し、政治家のイニシアチブにより、公共工事とは異なる制度的枠組みを志向した。このため、インフラ工事や事業を所管する官庁ではなく、内閣府に事務局をおき、有識者会議である8条委員会としてのPFI推進委員会が制度の調査・推進を図るという仕組みでもあった(有識者会議をトップに据えるというのは議員の意向で、英国を模した考えになる)。公共施設やインフラを民資金により民に委ねるという考えは、実態社会にニーズがあり、市場からは支持されたのだが、①公共工事を司る国土交通省の反発・反対が当初強かったこと、②PFI法は基本法であり、明示的な法規定が無い限り、一般法の規定を凌駕できないこと(例えば高速道路の運営は道路特別措置法に管理者の明文規定があり、民間企業はこの対象ではないため、PFI法に基づく高速道路の運営はPFI法のみではできない)、③法律は基本法でありながら、実施法の側面も兼ね備えていたため、どう施行ができるのかにつき試行錯誤で実践せざるを得なかったこと等の課題があった。結果、実践に伴い、PFI法を段階的、継続的に改正せざるを得ない事情が生まれ、アプローチや手法の在り方を増やしたり、制度上の矛盾等を段階的に規制緩和により解決したりして、現在に至っている。この枠組みの中で立法府・行政府を支援し、8条員会の中にいたのだが、法の施行は課題山積みといった所でもあった。8条委員会が推進を主導したこの議員立法の枠組みは2011年の政府提案法案(閣法)により、審議体であったPFI推進委員会の上位に実質的には閣議に近い、内閣総理大臣が主催するPFI推進会議が、推進や政策の方向性を判断する仕組みに変更された。要は、より政府がコントロールしやすい体制に変更され、行政府主導でアクションプランや実践の枠組み、推進等を強力に推進できるようにしたわけである。立法府の発意による政策、法律(議員立法)は、枠組みが脆弱であることが多く、どうこれを施行するかに関しては、必ずしも十分な経験が我が国にはない。立法府の意向を踏まえ、試行錯誤的に実践せざるを得ないという事情があるからである。
IR推進法は2013年11月に国際観光産業振興議員連盟(IR議連)が公開した「特定複合観光施設区域整備法案(仮称)~IR実施法案~に関する基本的な考え方(案)」、及び「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」をもとに、議員連盟が議員立法案として上程し、2016年12月に成立した法律である。MICE施設、ホテル、カジノ等を含む複合的な観光施設を特定複合観光施設(IR)と呼称し、刑法の違法性を阻却し、数を限定し、民にその実現を委ねる制度になる。立法府がイニシアチブをとったのは、刑法の違法性を阻却する立法政策の主張は行政府では難しいという事情による。この議員立法は、プログラム法で、立法の趣旨、理念、制度の基本的考えのみを定め、これを実践できる実施法案を別途1年以内に定め、国会に閣法として上程することを政府に求めている。立法府は政策の基本のみを定め、どうこれを実践するかの具体的な制度的枠組みの検討と実現を行政府に委ねたことになる。立法政策を実施法として詳細に規定する知識、ノウハウ、体制の詳細は立法府にはなかったからである。
この二段階による立法手順は、行政府による検討の結果が別途法律案として国会に上程される為、立法府として再度この内容を審議し、その是非を検討できることになる。推進法可決後、この法律を実現する為の政府の体制(推進本部、推進会議)を具備し、実施のための詳細制度案は、IR整備法案として、2018年に国会に上程され、同年7月に成立した。推進法の立法の意図・趣旨は国会議員にあり、これを斟酌し、実施の為の法案を別途策定することも単純な作業にはならない。この実施法案の立法は政府に委ねられた為、国会議員が関与できる余地は殆ど無いのだが、立法府の意図を斟酌し、法案を纏め、予め与党の賛同を得られなければ、国会で法案が可決されないからである。一方、法律は一端できると、その解釈も、運用も、執行も政府に委ねられる。行政府は自らの権限により、かってに走ってしまう性向がある。この結果、立法府による当初の立法政策の趣旨と現実の施行は乖離してしまうことがある。IR推進法・整備法の場合はどうであろうか。
(美原 融)