National Council on Gaming Legislation
コラム

2020-07-03

2.公共政策としてのIR

先進諸外国におけるカジノ賭博許諾の制度的な在り方とは、民設民営を基本とし、免許付与の前提として清廉潔癖性に関する高いハードルを設けたり、売り上げに対する特別課税を設けたりするなど、業への参入要件を厳格にし、かつ設置数を限定してこれを認めることを原則とする。この結果、カジノ賭博施行免許の申請、審査、付与に関する要件や、免許資格の維持要件が明確に定義されると共に、施行者・顧客を問わずカジノ場で行われるあらゆる行為に対し、規制・監督・監視を実施することが制度や規制の基本的な考え方として位置付けられている。もっとも、80年代以降、単純かつ単独の賭博施設としてのカジノ許諾ではなく、カジノ許諾に絡んで、ホテル、会議場、劇場、ショッピングモールや高級レストラン等一定のアメニテイ―施設の必置を制度上、免許申請の要件としたり、設置場所にある地方政府と地域開発協定を別途締結し、この枠組みの中でのみ、複合的なエンターテイメント施設の設置と運営を担うことを、カジノ免許申請の要件としたりする等の考え方が輩出した。

これには様々な背景がある。民間事業者にとりカジノは確かに利幅の良いビジネスではあるが、単純賭博施設だけでは集客・売上いずれにも限界があり、成長を見込めない。その他の集客施設(劇場、宿泊施設、会議施設、クラブ、プール等ゲーミング施設との関係でノン・ゲーミング施設という)をも併設することが、結果的に全体施設群として集客と売り上げを高める。若い世代は、カジノではなく、その他のエンターテイメントに惹かれる側面が強く、提供できるサービスや機能を多様化することが消費のシナジーをもたらすことになる。施設やコンテンツの豊かさが集客力や収益力を高めているわけで、かかる施設群の在り方を統合型リゾート(IR)と呼称している。一方、カジノを認め規制する政府や設置場所にある地方政府にとっても、「実現するのは単純カジノではなく、統合型リゾートーIR」と主張することにより、何かと是非論が生じやすい課題に関し、より多面的な観点からその意義を論じることが可能になる。更に、地方政府や地域社会にとり、民間資金、民間のリスク負担による事業展開は、税の投入を必要としない地域振興や地域再開発、更には税収増に繋がるというメリットもある。カジノ導入を契機とし、施設数を限定して、都市のランドマークとなりうる複合観光施設を創出し、運営することは、民間事業としての事業性と政策的な狙いがうまく合致する際に実現する。市場の大きさや制度環境、タイミングによっても異なるが、成功する確度が高い施策として、様々な国において、類似的な考え方が模倣され、実践され、現在に至っている。

制度的には、カジノの許諾・規制は新たな法律として構成するのだが、カジノを含む複合観光施設の実現に関しては、制度ではなく、政策上の要請として、民による提案・地域社会の要請と絡み、実務上の要請とする国が多い。IRといっても国や地域により施設の構成や提供される機能やコンテンツに差異があるのはかかる事情による。何等かの固定的な定義があるわけではなく、極めて緩い実務的概念規定ということになる。例えばシンガポールでは、IRとは政策概念で、公募上、開発協定上の実務的要件となったが、制度的・法律的概念ではない。制度としてはカジノ管理法というカジノを律する枠組みを設けたが、これはIRを法律的に規定し、律する枠組みではない。

これら諸外国のIRと比較し、日本のIR制度は、かなりユニークな性格を有する。IRとはIR整備法第二条において、特定複合観光施設として法律上定義され、カジノ並びにカジノ外の中核施設(国際会議場-1号施設-、展示場-2号施設-、魅力増進施設-3号施設-、送客施設-4号施設-、宿泊施設-5号施設-、その他の施設-6号施設-)から構成される。かつカジノ施設は全体延べ床面積の3%以内、また1号、2号、5号施設に関しては、これまでにない世界規模のスケール、クオリテイ等最低満たすべき施設の規模要件等が政令により定められている。刑法上禁止されている賭博行為を新たに認める前提として、公共政策として、世界的規模となる一定の要件を満たす国際会議場、展示場、ホテル等を併設し、かつ、しっかりとこれを運営することが制度上の要件になっている。本来、これら施設群は民設民営で、公的主体や制度がその規模や運営に過度の条件を課すことは適切ではない。但し、このIR制度は、民設民営となるカジノ施設を認めることの公益性の担保をここに求めていることになる。カジノの期待収益を活用し、日本にはない、世界的規模のMICE施設(会議場・展示場)を実現すること、これにより高規格の滞在型リゾートを実現する施設群を我が国に設けること、カジノがもたらす納付金や入場料収入等が国や地方にとっても大きな財政的貢献をすることなどが制度的枠組みとしてビルトインされている。これが公共政策としてのIRの狙いになる。

この政策的な狙いは、チャレンジングではあるが、おかしな考えではない。ハードルを高く設定しているのは、マーケットが強く、しっかりとした意欲ある事業者が複数存在し、これら民間主体間の効果的な投資誘致競争が実現できるという前提があったからである。一方、2020年上半期の観光・エンターテイメント業界の状況は、コロナ禍の影響を受け、惨憺たる状況にあり、回復にはまだ時間がかかりそうである。これはマーケットが脆弱になり、潜在的な事業者の投資判断ができにくい状況になったことを意味し、制度と経済実態に大きなギャップが生まれていることを示唆している。この実態を無視して法の執行を予定通り強行することが得策とも考えられない。慎重にかつ柔軟に法の執行のタイミングを計ることも必要な政策になるのではないか。

(美原 融)

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