National Council on Gaming Legislation
コラム

2020-10-19

33.IR:世界最高水準の規制

「世界最高水準の規制」とは、IR推進法が参議院内閣委員会で議決された際に附帯決議第十一項に用いられた表現で、「各種規制等の検討に当たっては、諸外国におけるカジノ規制の現状等を十分踏まえるとともに、犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止等の観点から問題を生じさせないよう、世界最高水準の厳格なカジノ運営規制を構築すること」としたことからきている。
その後様々なシチュエーションでこの言葉は用いられてきたのだが、内閣総理大臣がIR整備法案を審議している過程で国会での答弁に用いたためにマスコミがこの表現を積極的に取り上げたという経緯がある。
この総理表明は、政府としてのカジノ規制に対する態度として、法可決後も、政府高官により、カジノ規制の在り方や政府のあるべき方向性を端的に示唆する言葉としてかなり頻繁に用いられている。
この趣旨は、①先進諸外国のベストプラクテイスとしての厳格なカジノ規制を我が国においても導入すること、②規制の厳格度には一切妥協せず、世界でも最も厳格な内容の規制にすることにあると言われている。
では何をもって「世界最高水準」とするのか、その実態とは何なのか、ベンチマークはあるのか、本当に日本が世界最高水準の規制を実施できるのか等という議論は当然ある。
少なくとも日本には例となる規範は存在しない。
常識的には世界最高水準の規制とは、現代社会においてカジノ規制を創出した米国ネバダ州、米国ニュージャージー州、これらを規範として様々な先進諸国において制定されたカジノ管理に関する法体系を示唆しているものと推定できる。
如何なる規制を設け、これをどう厳格にすべきかに関しては、先進諸外国において実践されている規制や制度に倣い、これと同等ないしはそれを超える規制や制度を構築すべしとすることが立法府による政治的な意図ということになるのだろう。

ではなぜ海外の制度に規範の在り方を求めるのか?我が国には、賭博行為を認める制度としては、いずれも刑法上の違法性を阻却する前提で、公営賭博(中央競馬、地方競馬、競輪、オートレース、競艇、宝くじ、サッカーくじToto)が存在するが、これら制度はあまり参考にならないからである。
公営賭博とは、いずれも公的主体が管理・主催・運営し、限られた制度の枠組みの中で提供される賭博行為になる。
限られた公的主体が限られた条件・環境の中で施行と管理を担う仕組みでもあり、公的部門内部で監督・監視がなされる以上、制度自体は左程厳格な内容ではない。
かつこれら賭博種では胴元は券を売るだけで、賭け事のリスクを取らない賭博種でもあり、顧客同志が賭けている枠組みになり、胴元と顧客が対峙するカジノ賭博とは考慮すべき事項が全く異なる。
いずれも公営賭博は、制度としては昭和20年代中庸に制定された法的な枠組みで、その後時代の変化に応じて改正はされているが、制度の骨格は昔の儘である。
公的主体が施行を担う限り、不正や汚職・贈収賄・悪等が施行の内部に入ることは限りなく無いという前提がある。
よって、精緻な制度とはなっていない。
一方、新たに構築されるカジノ規制制度とは、免許を前提とした民設民営の賭博施行を前提とする。
参入要件を厳格にし、規制の対象にしなければ、反社勢力が施行の中に入ってくる可能性を排除できない。
かつ、カジノ行為そのものを厳格に規制し、監視し、管理しなければ不正や悪が横行する可能性も否定できない。
カジノの規制制度とは米国において、カジノ施行から組織悪(マフィア)を完全に排除し、カジノ施行自体を健全化し、公正、透明な環境で顧客にゲームを提供する環境を作るためのものとして発展してきたという経緯がある。
 
では、何を何処まで、如何に厳格に規制すべきなのだろうか?一定の賭博行為を商業的に認めるということは、施行がもたらす社会的便益(新たな財源、税収増、雇用増、経済活性化、消費の活性化、観光振興・地域振興等)を国、地方政府、地域社会が積極的に享受するという政策的意図も存在し、民間のリスク・資金を活用して、巨額の投資を実現させる以上、民にとり収益性の高いビジネスとなる誘因を認めるという考えがその背景にある。
一方、賭博行為がもたらしうる否定的側面を厳格に排除し、市民を守る施策を同時並行的に進める場合、厳格な規制は、民間事業者を委縮させ、投資意欲の減退、市場の縮小化をもたらしかねないという側面もある。
この二つの政策の側面をうまくバランスよく実践しなければ、当初の政策目的を達成することは難しくなる。
賭博規制の制度設計の難しさはこのバランスにある。

規制の本来の目的は賭博行為という消費自体を縮小させることではない。
本来あるべき規制とは、賭博行為が公正、公平、健全に提供され、市民が健全にこれを楽しむことができる環境を設けること、悪や組織悪が施行の枠組みに入り込み、その収益を非社会的行為に用いることを遮断し、業の施行の清廉潔癖性を堅持することにある。
よって厳格な規制の対象とは、施行者(企業、経営者、管理職を含む職員)、施行に関与して財やサービスを提供する様々な個人・法人であって、賭博行為を楽しむ顧客ではない。
施行に関与する主体にとり世界最高水準の厳格な規制であっても、顧客から見れば、限りなく目に見えない規制になる。
単純に何から何まで規制する、例外なく全ての関与者を厳格に規制すればよいというものではない。

(美原 融)

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