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2026-03-23

356.米国スポーツイベント予測市場の動向④訴訟戦略

予測市場事業者と州賭博規制機関との複数の法廷闘争はお互いに様々な戦略・戦術を駆使していて面白い。
州規制機関の問題意識とは、予測市場事業者は州の免許取得無しに、州民に対し賭博行為を提供しており、これは州法違反という点に尽きる。
スポーツブックを制度として認めている州は40州になり、制度構築途上の州もあれば、スポーツブックは認めていないがその他の賭博種は認めている州も多い(一切の賭博行為を認めていない州はユタ州とハワイ州のみ)。
この場合、州法違反という理屈で州賭博規制機関ないしは州司法長官が通常とる戦術は当該事業者に対するCease and desist letter(業務停止・退出勧告書)と呼ばれる正式な警告書の発出になる。
内容としては一定期限(例えば2週間)迄に州内での業務を停止し、州から退出すること、従わない場合には訴訟を含めあらゆる手段を駆使し、違法行為に対する法の執行を行う用意があるという訴訟に進む前の段階でなされる警告だ。
勿論これに効果があるか否かは別の問題だ。
放置したところで州政府は何もできないという考えもある。
州規制機関がかかる行動をとる場合、予測市場事業者は対抗策として、期限当日前迄に州賭博規制機関並びに州司法長官を連邦地区裁判所に提訴する。
この場合、連邦民事訴訟規則(FRCP65)に基づきTRO~Temporary Restraining Order~(仮差し止め命令)とPI~Preliminary Injunction~(予備差し止め命令)を裁判所に求める手順をとる。
TROとは緊急性が高い場合の一時的な差し止め要請で、この差し止めは通常数日か、数週間が最長だ。
これは、対処しなければ事業者にとり回復不能な損害のリスクがあること、通常の手順を踏むと時間がかかりすぎること(審査開始迄に16日以上かかる)、申立人が勝訴する可能性が高いこと、命令を出さないことの不利益が大きい事などの理由がある場合、認められる。
勿論必要性や緊急性がない場合にはTROを要請しないこともある。
この後、理由説明(Order to Show Case)等の手順を経て、PI(仮差止命令)の可否が判定される。
PIとは訴訟事案が進行中の間、特定の行動をとることを制限・禁止し、現状維持を図る措置になる。
双方の主張・証拠を踏まえてより厳格に審理されるが、訴訟期間中現状維持となるためPIより長期的になり、数年間となることも多い。
TROもPIも本審での判決が出るまでの間に、回復不能の損害を防ぐために裁判所が出す差止め命令だが、緊急度・手続・存続期間が大きく異なる。
PIが認められるということは申立人(Kalshi)の主張が当面認められることになる(即ちKalshiの勝訴)。
勿論こうなると州政府は連邦巡回裁判所に控訴する。
逆にPIが認められない場合もKalshiは控訴手続きをとる。
控訴審でKalshiが勝訴、あるいは州政府が勝訴しても、更に最高裁に上告することになる。
複数の巡回裁判所の異なる州政府との裁判で、判決が真逆となる場合をCircuit Splitと呼称するが、こうなると原告・被告どちらかの申し立てで緊急事案(Emergency Docket)として連邦最高裁判所が最終判断をする可能性もある。
もっとも連邦最高裁判所が検討する申立ては全体の1%にも満たず、重要性・緊急性次第となってしまう。

上記とは異なる係争の戦術もある。
州政府・州規制機関が連邦地区裁判所ではなく、州法違反として予測市場事業者を州内の地方裁判所に訴えることだ。
連邦地裁に訴えれば、連邦法と州法のどちらが優先され、適用されるのかという法律論になるが、州地方裁判所では州法違反か否かの問題でしかない。
連邦法の適用云々は審査の判断基準にはならず、州政府が確実に有利になることは明らかだ。
この場合、被告(Kalshi)は地方裁判所への提訴がなされると、直ちに事案を地方裁判所ではなく、連邦地裁へ移管する申し立てを連邦地裁にする(制度上被告のみに認められた権利)。
認められれば上記と同じステップになる。
却下された場合、地方裁判所での審査になり、これでKalshiが敗訴すれば、その後州内の複数の上訴機関での審査になる。
これでも敗訴した場合には、連邦最高裁判所へ上訴というステップもある。
この戦術はマサチュセッツ州がKalshiに対してとったもので、初審では州の勝訴、連邦裁判所への移管は棄却、差し戻され、その後控訴の段階にある。
ネバダ州は連邦巡回裁判所での係争を続けつつ、平行的に州地方裁判所へ民事執行手続きをとる裁判を起こし、Kalshiによる連邦地裁への移籍要請は地裁により棄却・差し戻しされ、審理中となる。
これなども複数訴訟が平行し、何が先行することになるのか見えにくい。

これらとは異なる訴訟戦術もありうる。
州政府や州の賭博規制機関からC&D Letterは出ていないが、州政府や州賭博規制機関の行動や公的発言を根拠に、申立人(Kalshi)が差し迫る危機を未然に防止するために、予防的訴訟(Preemptive Litigation)として、州政府や州司法長官を訴えることだ。
これはKalshiがユタ州で初めてとった戦術だが、ユタ州では全ての賭博が禁止されており、州法違反と断定されると即刻刑事上・民事上の法執行手続きに入りかねないとKalshiが考えたことによる。
もっともこの事案ではKalshiは州政府との交渉によりTROは取り下げ、PIの審査のみが残っている。
同業者のCoinbaseも予防的訴訟としてミシガン州、コネチカット州、イリノイ州を訴えている。

要はこの様に裁判沙汰になってしまい、紛争当事者が死活問題と考える場合、延々と長丁場になることが米国での常識になってしまう。
その他随所に緊急現状維持申し立て(Emergency Motion for Stay)をしたり、Discovery(訴訟の当事者が裁判前に事実関係を徹底的に調査し、証拠を収集するための手続)を要請したりして、意図的に時間稼ぎを図り、裁判手続きを遅らせ、現状維持を続けさせることもKalshi等の予測市場事業者の常套手段だ。
現状維持(Stay)が認められれば、係争中であっても予測市場契約を提供しつづけることができ、係争が長引けば長引く程、市場での地歩を固め、単純には撤退等できない状況を作ることもできるからだ。
係争当事者を引っ張るのは米国超一流の弁護士事務所で、巨額の弁護費用となるのだろう。
連邦政府、州政府が絡み、連邦法・州法にまたがる訴訟事案はことほど左様に時間と金がかかり、誠に複雑怪奇な手順を踏むことになる。
これが米国の現実なのだ。

(美原 融)

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