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2022-03-14

148.IR:日本企業の投資行動 ⑬投資家と都道府県等との基本協定

IRの様な投資事業の誘致案件を都道府県等が試みる場合、公募の結果選定された提案企業と都道府県等の間で、選定後直ちに一定の約定(基本協定)を取り決める慣行が定着している。
PFI事業案件等では慣行として根付いており、都道府県等にとり目新しい考えではない。
これは事業者選定時点では、提案者はあくまでも事業の出資者にすぎず、彼らがSPCを別途組成し、このSPCが事業実施者になり、提案する企業体は事業を実施する法的主体にはならないことが想定されるため、予めSPCが別途構成されることを前提に公募をなし、SPCが締結することになる実際の事業契約とのブリッジを果たす機能がある。
契約的には提案者・出資者から子会社のSPCに地位の譲渡を実施し、都道府県等がこれを認知すれば事足りるのだが、これを簡素化し、かつ提案者・出資者と都道府県等の関係の基本をもこの枠組みで取り決めておくとう狙いが基本協定にはある。
IRに関する基本協定に関しては、締結した事実のみを公表し、中身を一切開示しない都道府県等もいれば、ようやく概略のみ公表した都道県府等もある。
都道府県等や選定事業者との関係性や彼らの意図を理解できるため、本来全てを公開の対象にすべきだが、公募過程では自治体間の競争が存在し、都道府県等の固有の事情を開示したくないという事情と共に、議論を招きかねない条項もあると想定されたため、行政としては沈黙してきたのだろう。
一方、限られた情報の中で民間事業者や都道府県等の考えやアプローチが垣間見れる側面もある。

この基本協定とは、都道府県等と選定された事業提案者とが共同して区域整備計画案を策定し、国から認定を受け、都道府県等と事業者が設けるSPCとの間で実施協定を締結する前提として、SPCの出資親会社と都道府県等との権利義務関係を定義する内容になる。
その内容は、都道府県等と主要出資者間の関係の定義(株式譲渡・事業譲渡制限、履行保証等)、出資者・SPCによる費用負担、区域整備計画策定に関する事業条件等になる。
事業の詳細に係るSPCと都道府県等の関係は、認定を受けた後の実施協定で定める。
一方事業の提案者即ちSPCを支える親会社・出資者と都道府県等との取り決めは実施協定ではできないため、予め事業者選定時点でこれら関係を取り決めておくわけだ。
都道府県等は選定した事業提案者及びそのSPCがしっかりと実施協定締結迄の義務を履行することを求め、履行保証金を要求する。
大阪は6.5億円、和歌山は3.45億円、長崎は1.5億円だ。
事業規模が異なる故、単純比較は無理だが、都道府県等の考え方が解かる。
もし事業者が基本協定後、一方的に逃げ出すようなことになれば、この保証金は都道府県等により没収されるため、選定に至る迄、事業者に強力な動機付けを与えることになる。
例えば、自らの能力不足で資金調達ができず撤退ということになれば、履行保証金は没収されてしまう。
よってこれを高く設定すればするほど、事業者は真面目に対応する。
勿論国が認定せずに案件が没になる場合は、履行保証が発動されることはない。
基本協定は内容自体が単純なため、本来事業者選定後、直ちに締結すべきものだ。
ところがまともに予定通り実施されたのは長崎県のみで1ケ月。
和歌山県は3ケ月半もかかったが、出資者が決まらず、どう履行保証金を支払うかの判断に時間がかかったという失態を演じたからだ。
大阪府は何と事業者選定後6ケ月もかかっている。
これはおそらく土地課題対策への対処手法や基本契約の解除条件等を賢く交渉し、これを基本協定の一部に入れたために、合意・政治判断に至る迄に時間がかかったという事だろう。
勿論これは認定を受ける迄の期間の権利義務関係にすぎず、実施協定に至れば単純には後戻りできにくい権利義務関係が構築されることになる。

大阪府の基本協定の考えはその概要のみが最近公表されたが、その解除条件に関し、一部マスコミは事業者に妥協しすぎではないかという意見もでてきた。
税務上の扱いの明確化、カジノ関連規則の国際標準の確保、感染症・国内外の観光需要の回復の見込み等を条件として、一定期間内(国による認定から30日後迄に判断し、そこから60日以内の通告)に官民が協議し、合理的に条件が達成されないと合意した場合には、契約解除ができる条項が存在するからである。
こうなると、確かに理論的には事業者は履行保証金を支払うことなしに、IR事業からの撤退が可能になる。
但し、この期限内に税制も、カジノ関連規則も事業者の期待通りに全てが解決できることはありえない。
契約文言を見ていない以上、明確なことは何も言えないが、常識的に考えてもことはそんなに単純ではない。
事業者が制度の不備や事業採算の悪化等を条件として、事業から撤退を図る場合、その合理性につき立証し、合意を得る必要がある。
撤退が事業者固有の判断である場合、保証金支払いは不可避となるため、義務と負担のバランスを図り、ぎりぎりのところで妥協したのだろう。
事業者からすれば、事業性が無ければ撤退するという当たり前の前提が無い限り、社内の合意形成ができなかったのかもしれない。
ありえないかもしれないが、まさかの場合の撤退のコスト負担は飲むという覚悟と理解すべきだろう。
その意味では、マスコミが騒ぐように、特段に事業者に有利な契約規定になっているわけではなく、事業者の意図にも相応の配慮をしつつ、行政府として、特段の譲歩をしたわけでもないように思える。
勿論過去の大阪府・市のスタンスは、市場にて競争条件が存在した時点では唯我独占的に一方的な考えでもあったのだが、競争環境の醸成に失敗し、事業者の意図にも配慮する形で合理的な妥協となったということが現実なのかもしれない。
但し、官民双方がぎりぎりの枠組みの中で努力をしたことが垣間見れる妥協は、評価できる枠組みなのかもしれない。

大阪以外の2つの都道府県等の基本協定には、このような緻密な議論や契約規定が存在するのであろうか。
あるいはかかる議論はしていないのだろうか。
なぜ基本協定の概要すらも公表しないのであろうか。

(美原 融)

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