2024-09-16
278.賭博依存症⑧ 賭博種を増やせば依存症は増える?
新しい賭博種を制度的に市場に導入しようとする場合、必ず提起される問題が、確実に賭博依存症患者が増える、家庭と社会が壊され、公安秩序も脅かされるというものだ。
確かに何も対応策を考えず、単に国民による新たな賭博へのアクセスを拡大することは、何もない所に需要を創出するようなもので、確実に社会的リスクとエキスポージャーは増えかねない。
但し、これは何らの対応策をも講じない場合だ。
新たな賭博種の許諾は経済的恩恵も大きいが、社会的に否定的な危害が生じないように賭博を提供する行為や主体、参加する顧客を対象に規制を設け、過剰な賭博行為を抑止したり、依存症のリスクのある主体を特定し、適切なケアを提供したりすることにより、依存症患者の症例数は単純に増えることにはならないということが実証事例として先進国では確認されつつある。
勿論この場合、しっかりとした制度構築とその実践が全ての前提になると共に、制度構築前の段階で詳細な社会調査により現状を正確に把握し、かつ、同じ手法により制度が実現し、新たな賭博種が安定的に提供されている段階で都度社会調査を実施し、社会実態を分析・把握して、初めて状況を理解できる。
米国マサチュセッツ州の実際の社会調査事例は上記の状況を理解する上で、極めて参考になる。
マサチュセッツ州は2013年前迄はロッテリーくじや競馬等の賭博種は存在したが、本格的なカジノ施設は存在せず、州民は州外の施設で遊んでいたのが実態だ。
2011年の拡大ゲーミング法の成立により初めて三つの区域毎に本格的なカジノを含む3つの観光複合施設の設置が認められることになった。
地点と事業者が選定され、これらが実際に稼働し始めたのは2018/2019年になる。
更に2022年にはスポーツブック法制が成立し、2023年より州内全域を対象としオンラインスポーツ賭博が提供されている。
今まで賭博行為が本格的に存在しなかった州で短期間に大きな賭博市場が創出されたわけである。
2021年拡大ゲーミング法法第71条は規制機関であるマサチュセッツ州ゲーミング委員会(MGC)に対し、新たな賭博種の導入がもたらす社会的経済的影響度を定期的に検証することを義務付けており、この業務は2013年3月にマサチュセッツ州アムハースト公共衛生・衛生科学大学院(SEIGMA)に委ねられた。
カジノや新たな賭博種の導入と共に州民の賭博に対する態度、賭博行動、依存症疾病率がどのように変化するかが調査の目的になる。
まず、カジノ施設が存在しない段階の2013/2014年にベースライン社会調査が実施された。
その後2021/2022年にフォローアップ調査が実施され、これらが比較対象となった。
この結果、興味深い事実が浮かび上がってきている。
即ち、
- ①→2013年時点での18歳以上の州民のギャンブル障害(Problem Gambling)罹患率は調査対象者の2%、リスクがありうると判断された対象者(At Risk Gambling)は8.4%であった。
ところが2021年の時点ではギャンブル障害罹患率は調査対象者の1.4%に減り、リスクがありうると判断された対象者は8.5%と微増している。
2021年はCOVID-19 の影響で賭博施設の閉鎖等もあったこともこの減少の一因ではないかとみられている。
この意味ではProblem Gamblingの層もAt Risk Gamblingの層の率も、3つのカジノ施設の開業、スポーツブッキングの解禁等により市場は新たに大きく拡大し、州民にとってのエキスポージャーは増えたにも拘わらず、殆ど変わっていないという結論になる。
尚この数値自体は他の米国州と比較しても中位にあり、特段際立った数値ではない。 - ②→2013年の調査では過去1年間の間に何らかのギャンブルをした人は調査対象者の73.1%であったが、2021年には60.2%となっている。
ギャンブル等一切しないとした調査対象者は2013年では20.6%であったが、2021年には38.7%と増えている。
もっとも全てのギャンブル種で同じ傾向ではなく、ロッテリーくじ、競馬、オンライン賭博の顧客は減っていない。
州外カジノで遊んでいた人は州内に戻ってきたが、カジノ訪問客は段階的に減少している。
2021年調査時点はスポーツブック解禁前の調査なのだがこの時点でも9.9%の対象者がスポーツブックを楽しんだとしている。
短期的にはCOVID-19の影響等もあったのであろうが、中期的にみると結論的にはProblem GamblerもAt Risk Gamblerも総数としては増えてもいないし、減ってもいないとすることが妥当な結論の様だ。
勿論州政府はカジノ施設開設前からあらゆる手法を駆使し、カジノがもたらす社会的危害を縮小化させる施策を実践してきた背景も考慮すべきなのかもしれない。
かつ施設型のカジノ顧客は減少しているが、オンラインスポーツブックの顧客は確実に増えている。
市場に提供される賭博の総量と種類は増えてはいるのだが、ギャンブル障害の患者は、これらに拘らず、増えてはいない。
減りもしておらず、一定数はどうしても生まれてしまうということなのだろう。
尚、シンガポールでも類似的な社会調査の結果がでている。
同国では国の機関であるNational Council on Problem Gambling(NCPG)が一定期間毎に社会調査を実施し、制度創出時点から現在まで回行われている。
6回目の調査は2020年となるが、国民の賭博参加率は2017年には52%であったのが、2020年には44%へと減少している。
Probable Pathological & Problem Gambling Rate(PPPGR推定病的賭博/ギャンブル障害罹患率)は2017年は0.8%、2020年は0.2%で減少している。
もっともこの程度の差は誤差で低いレベルのまま留まっているというのがシンガポールの実態の様だ(世界的には人口の1.2%が平均値になるとのことである)。
これら調査をどう評価するかに関しては異論もありうるだろうし、今後の検証も必要だ。
但し、リスクエキスポージャーは増えてはいるが、罹患者率は必ずしも比例的に増えるものではないという一つの実証結果でもある。
(美原 融)