2024-09-02
276.賭博依存症⑥ 依存症患者はどの位いる?
では賭博ないしは賭博類似行為が提供されている社会において、どの程度の人口の割合で依存症患者が存在するのであろうか。
DSM-5-TRの判断基準は専門家の問診により判断するため、より簡易的な質問表に本人に記入してもらい診断の代用とすることが行われている。
これをスクリーニングテストという。
代表的なものにはSOGS(South Oaks Gambling Screen。
得点範囲は0点~20点で、通常合計5点以上の者をギャンブル等依存が疑われる者とされる)やPGSI(Problem Gambling Severity Index。
同様にこの場合は8点以上が疑われる)等がある。
令和2年に厚生労働省が行った社会調査(国立病院機構久里浜医療センターが実施)ではSOGSの場合は調査対象者の2.2%、PGSIでは調査対象者の1.6%とある。
政府が資金を拠出する本格的な調査としては初めてで、相応の信頼性はある。
但し、悪迄も「疑われる者」であって、依存症患者と断定できる診断根拠にはなりにくい。
個別のケースには様々な背景があろうし、設問の単純解答だけでは絶対的な判断はできそうもないからでもある。
かつ調査手法等によっても数値は変わりうるため、今後改善を試みつつ、一定期間毎(3年を想定)に調査を継続してみることにより初めて社会の実態を把握できることになるのかもしれない。
ところでSOGSによるこの調査対象者の2.2%は多いのか、少ないのか、他国と比較した場合どうなのかに関しては様々な議論がある。
賭博遊興を楽しむ人口の一定割合は確実に病的な賭博依存症患者たりうるとするのが諸外国における一般的な事例になる。
調査手法は同じではないため、単純比較は難しいが、他国と比較すると日本はこの率が高いのかもしれない。
SOGSで2.2%ならば、人口比では393万人の潜在的賭博依存症患者がいることになる(これでは何と国民32人に一人という身近な割合になり、実態感覚とは合わない)。
これをもって既に日本はギャンブル依存症大国ではないかという報道がなされたが、一端数値が公表されると、数値が独り歩きしてしまい、不適切な誤解が定着してしまうという典型事例かもしれない。
「疑われる者」の全てが賭博依存症患者ということはないだろう。
自答式の問診表だけでは、誤差が生じる可能性も高い。
時々踏み外してのめりこんでしまうが、通常は何ら問題ないという主体も「疑われる者」の範疇に入ってしまう。
どこまでいけば賭博依存症とみなされるのかという線引きは実は単純なものではない。
勿論一定数の賭博依存症患者は確実に存在するのだが、対象者の正確な捕捉は難しい側面もあるということに尽きる。
医学的な判断基準ではないのだが、実務的には、単純な問診調査ではなく、実際の対象者を三つか四つのレーヤー(層)に分けて、評価・判断し、これにより対象者を類型化して捕捉することが対応施策を実践する考え方の主流になっている。
如何なる国においても顧客の過半(6~7割)は健全にリクリエーションとして賭博を楽しむ顧客でしかない。
この意味では全く問題の無い顧客層になる。
これら通常の顧客に対しては、ギャンブルのリスクの周知徹底や注意喚起、情報提供等が対応策の内容になる。
これは事業者の判断でできる内容だ。
その次のレーヤーは若干リスクがありうる顧客層になる。
ときたま限界を越えたり、若干の否定的な結果をもたらすこともある顧客層(Low Risk)あるいは時々許容範囲を越えたり、時間を忘れたりして否定的な結果をもたらすことがある(Moderate Risk Gambler)顧客層になる。
これら顧客層は通常は問題ないのだが、ときたま度を越えるリスクがある主体ともいえる。
かかる顧客に対しては専門的なカウンセラーが介入し、個別に対応することが必要になる。
この層に注目し、彼らをまともなレーヤーに引き戻すことができれば、依存症患者の増加を抑止し、絶対数の賭博依存症患者を確実に減少させることができる。
依存症とはいえないが、放置した場合依存症になりかねないリスクがあると判断される中間的な層を把握し、彼らに対するケアを集中的に考えることにより、依存症患者数の絶対数を効果的に減らすことに繋がるからだ。
このために外部専門カウンセラーやNPO等と協力し、陸上施設である場合にはヘルプセンターを設けたり、Web対応である場合には24時間電話やSNSで対応できるヘルプデスクを設けたりする。
おそらくこのレーヤーの顧客層はかなりいるはずで、上記我が国社会調査のSOGS 2.2%とはこのレーヤーの顧客数を含むものと判断することが適切なのかもしれない。
最後にある顧客のレーヤーが「問題ある賭博行為」を抱える主体になり、賭博行為にのめり込み、自制心が効かない状態、損失をカバーする為の賭博行為、精神的ストレス等否定的な症状をもたらしている主体になる。
これらが本来の意味での賭博依存症患者(Problem Gambler)であろうし、かかる症状を呈した主体を早めに特定し、カウンセラーを介入させ、賭博施設や手法にアクセスできないようにすること、金銭的アクセスを限定させること共に、専門医療機関による治療・対応を勧めることしか対応策はない。
この場合の対応は、民間事業者のみではなく、地域医療機関や専門カウンセラー等一部公的主体が関与し、支援・協力する体制をとることが通例でもある。
国、地域、統計手法にもよるが、何処の国でも全体顧客対象者数の1%内外の数値でかかる主体が存在することが知られている。
おそらく日本でも他国と類似的なレベルと想定され、必ずしも日本が突出しているということではない気がする。
この様に、依存症対応策とは必ずしも問題ある賭博依存症患者のみを対象とするのではなく、各々の顧客層毎に異なるケアを考え、必用なサービスを提供するという発想に基づいている。
依存症患者に対し適切なケアを提供することは勿論だが、施策の過半は依存症の症状を呈する前の段階で、リスクのありそうな顧客に対し丁寧な対応をすることにより、より効果的な結果をもたらすことができる。
(美原 融)