2024-12-02
289.賭博依存症⑲ 責任ある賭博施行
責任あるゲーミング/賭博施行(Responsible Gaming/Gambling)とは、ゲームとしての賭博行為を提供することに際し、施行者、政府当局・規制機関、地域社会その他の利害関係者が、運営の健全性、安全性を期し、賭博行為がもたらしうる危害を認識し、これに適切に対応する責任をもって顧客並びに社会に対応することを意味する。
当初は事業者による自主的な倫理規範あるいは理念として業界団体や一部主要事業者が提唱し始めた考えになるが、これが段階的に変容し、事業者のみならず、政府や規制機関、地方政府や地域社会、その他の利害関係者全てをも巻き込む考えに変容しつつあるのが実態になる。
この「責任」には二つの意味合いがある。
一つは顧客に対する責任で、事業者が健全、公正、公平なゲームを提供する責任を担う(Responsible)ことを意味し、過剰に顧客を煽ったり、好ましくない広告、勧誘、慣行をしたりしないという倫理規範をも意味する。
もう一つの責任とは、社会や地域社会に対する責任になり、地域住民の懸念を払拭したり、市民の社会的関心事に対し積極的に対応したりする(Responsive)ことを意味する。
後者は賭博行為が社会にもたらしうる潜在的な危害を縮減したり、抑止したりすることをも含意しており、企業の社会的責任にも通じる考えでもある。
市民の潜在的意識の中に、賭博行為は依存症や潜在的犯罪等の温床になりかねないという否定的な考えがある場合、業としての賭博産業は社会的認知を中々得られない。
これが未だ市民の潜在的意識に存在する以上、より積極的に施行者が自律的な規範を設け、自らの責任を担う立場を明らかに示すことにより、社会的認知を高めることを狙いとする意図がここにある。
企業の実践的な倫理規範として登場したこの責任あるゲーミング・賭博行為の考えは、一部の国、地域では、段階的に政府や規制機関、あるいは地方政府、市民等の地域社会の構成員を巻き込む規範へと変容しつつある。
これは賭博行為がもたらしうる否定的な結果やその波及効果とは、制度的、政策的、社会的、文化的、経済的要因等の様々な環境要因が複雑に絡み合って生じうるものであると共に、顧客に何をどう提供するか次第でもあり、この考え方自体が賭博行為を認める制度的な考え方のデザインに密接にリンクするからである。
即ち、市民の不安を払拭し、公正、公平、安全な賭博行為が提供されるように制度や規制の中に適切な対応措置を規定し、利害関係者の適切な行動を勧奨することになる。
従来の制度的考えは、この考えを規定しても、これを遵守するのは事業者の責務として、責任を民に押し付けるだけの規制でもあった。
但し、単に事業者の義務のみを規定するだけでは問題解決にはならないことが段階的に明らかになり、行政の役割と義務をも平行的に規定することが一部の国・地域での最も先進的なプラクテイスになりつつある。
これは、①制度・規則の中に「責任ある賭博施行」の考えを取り入れ、賭博行為がもたらしうる危害の縮小に関する具体的な対応措置を規定すること(法律上の規定とガイドラインとを組み合わせる。
規制ではなく事業者の裁量に委ねる側面はガイドラインであり方を示唆することになる)、②行政・規制者・事業者・関連利害関係者の責務を明確に規定し、これら主体の連携・協力により、より効果的な責任ある賭博施行が可能になることに特徴がある。
先進的な国・地域による事例を見るとこれを理解できる。
参考になるのは米国マサチュセッツ州の「責任ある賭博施行のフレームワーク」(Responsible Gaming Framework)だ。
これは7つの論点から構成され、その内容は下記になる。
①企業の社会的責任のコミット(規制当局がガイドラインを作成、これを反映した計画を事業者が作成、事業者がこれを実施し、勝内部委員会がこれをモニターし、成果を規制当局に報告するというPDCAサイクルを実践する)、②健全なゲームが提供されることの支援(顧客へのリスク・情報の周知徹底、個人の賭博行為の予算・支出をモニターし、注意を促すシステムを顧客に提供、オンサイトでのカウンセリング提供と任意的自己排除の仕組みを提供する)、③与えられた環境の中で公衆衛生と安全性の推進(未成年賭博の防止、禁煙環境と喫煙害の防止、プレー中の休息推奨、必用としている顧客への支援、第三者排除要請の実施、ネットモバイルアプリへの責任ある賭博施行の要素の導入、責任あるアルコール飲料の提供等を徹底する)、④責任あるマーケッテイングの担保(広告・マーケッテイングに際し、考慮すべき事項と禁止事項を制定する)、⑤リスクの高い取引の管理(与信規制:申請者の支払能力チェック、与信上限規制、与信禁止対象者規制等、現金・クレジット規制:クレジットカード使用禁止、賭博行為中に現金へのアクセス規制、キャッシュレス・スマートカード規制、ATM排除、小切手管理システム等を規定する)、⑥地域社会に対するエンゲージメント(事業者施設内での顧客、職員とのコミュニケーション、対話、カウンセリング、より大きなコミュニテイーに対するエンゲージメント:依存症対応NPO、対策組織との連携協力、規制当局プログラム、公衆衛生局の推奨事項尾活用、学究的組織との協働等を実践する)⑦持続的な改善と報告のコミット(責任ある賭博行為の戦略と実践の記録、アップデート、規制当局への定期進捗報告等を実践させる)。
上記は「責任あるゲーミング・賭博施行」の考えを制度・規制・実務から細分化し、利害関係者の立ち位置、その役割期待と実践義務を明確化し、全体を一つのフレームワークとして纏めたものになる。
一部は規制項目となるが、規制項目ではないものも多い。
また方向性は明記してあるが、事業者の裁量・判断に委ねている項目もある。
これらの実践を事業者・規制当局が定期的にその進捗をモニターし、改善に努めるという仕組みになり、規制当局と民間事業者及びその関係者が連携・協力して、このポリシーミックスにより初めて成果を達成できるというアプローチでもある。
(美原 融)