2024-11-04
285.賭博依存症⑮ 顧客誘引規制
賭博行為の顧客誘引施策とは、対象となる顧客に対し、何らかのインセンテイブや動機付けを与えることにより、賭博行為に参加させる誘引を与えるマーケッテイング手法をいう。
例えば電子メールやSNSのメッセージを用いて「今$20の元金で新たな勘定を開設した人には$200のボーナス付与!」とか、「今口座を作りサインアップするだけで$100のフリーマネー付与!」、あるいは「$100を預託勘定に払い込む人には同額の賭け金を無料で付与!(Deposit Match即ち$100の原資で$200遊べることを意味する)」等になる。
単純な広告・宣伝ではなく、何らかのメリットがあることを期待させる賭博勧誘行為でもある。
この対顧客誘引施策(Inducement)には二つの種類があり、対象顧客を明確にするTargeted Inducementと不特定多数の潜在的顧客を対象とするUntargeted Inducementとがある。
前者は特定の顧客を対象とした個人の嗜好を加味した個別の誘引施策になる。
昔は郵便(Direct Mail)だけであったが、今では電子メールやSNSを利用したメッセージ等を携帯電話に送る等の手法に変化している。
電子メールアドレスという個人情報を扱うため、国によっては予め本人の同意を得ておくことが前提になる。
後者は一般顧客向けに非差別的にあらゆる媒体主題(新聞、TV、ラジオ、インターネット、スマフォ 等)を用いて提供する誘引施策で、やはりSNS等を活用することで、安価に多量の誘引を不特定多数の潜在的顧客に提供する。
もっとも最近は顧客のネット閲覧履歴とかSNSへのアクセス履歴データをプラットフォームから取得し、これをIAが分析し、興味がある主体をシステム的に把握したり、個人の嗜好をシステムが評価し、ターゲットを絞ったりする手法が採用されつつある。
UntargetedといってもIAを用い対象を絞り込み、より効果的なマーケッテイングをできるわけで、この意味ではTargetedとUntargetedの区分はなくなりつつあるのが現実なのかもしれない。
米国では、今やスポーツ試合の実況をストリーミングで楽しむ人を対象とし、AIが過去の閲覧履歴データから興味を示す可能性のある個人を特定し、関連するスポーツ賭博の勧誘があらゆる方法(閲覧HP,ポップアップメッセージ、SNS広告)で携帯に送られる。
広告とマーケッテイング・勧誘戦術を効果的に組み合わせ、賭け行為を助長する過剰なインセンテイブ付与をプロモーションやマーケッテイング施策として実施しているわけである。
スポーツ試合観戦は当然未成年も見ているし、今や未成年ですら携帯は誰でも持っている。
かつ彼らは常時FacebookやX、Instagram等のSNSを利用する世代でもあり、スポーツ観戦を介して、これら若い世代は賭博への勧誘に晒されていると共に、賭博依存症の潜在的患者を増やすことになるのではないかとする議論はかなり根強く存在する。
さすがにこれは好ましくないのではないかとする意見が、2019年以降様々な国で生じてくることになった。
スポーツブックを含めた賭博行為は、21歳未満は当然禁止(18歳未満という国・地域もある)とする国や地域が過半であるのが世界の実態だ。
未成年等の弱者や賭博依存の兆候がある主体がメデイアを通じてかかる過剰な賭博誘引施策や派手な広告に晒されることは行き過ぎではないのか、制度として規制ないしは禁止すべきとする意見がでてくるのは当然と言えば当然かもしれない。
かかる誘引・広告は未成年や潜在的賭博依存症の兆候がある主体の潜在意識に働きかける効果もあり、違法とは知らず、ついついかかる誘引や広告にのっかかってしまい、携帯からアクセスしてしまうということは現実に起こっている。
スポーツブック事業者のマーケッテイング戦略とは、とにかく顧客を囲い込むことにあり、新規顧客が自社のプラットフォームに預託金勘定を設けるようにし向かせることがその目的だ。
一端勘定を開設すれば、ある程度継続的に同じサイト、同じ勘定を使い続けることが想定できるし、顧客は単純には逃げ出さない。
これを更に強化し、勘定を開設することを誘引する過剰なプロモーションとしてのフリープレイ等を広告宣伝することが事業者間での競争になっている。
これは賭け金額に比例して、ポイントが貯まるというちまちましたロイヤルテイープログラムではなく、単純に「$100はタダ、勘定を設ければ更に$200」等といわれると、手持ちの資金が殆ど無い状態でも、結構遊べるのではないかという錯覚に陥り、ついつい誘いに乗ってしまうという顧客は常識的に考えても多い。
もっともタダの金で勝っても勝ち金は単純には現金化できない。
この勝ち金で一定回数賭け続けなければ、残額は現金化できないという規則があるからで、左程甘くお金が懐に入ってくるわけではない。
場合によっては賭け続ければ無料で得た資金等あっというまに無くなってしまう。
所詮これは顧客を惹きつけ、タダの金以上の金の消費を促す誘因でしかないのだ。
こうなると過剰な誘引はやはり、賭博依存症患者や賭博依存のリスク性向のある顧客を増やすことに繋がりかねないという懸念がでてくるのも当然かもしれない。
諸外国の国民の間でも怒涛の如く押し寄せる過剰な誘引広告・宣伝には辟易し始めてきたというのが実態といえる。
これに伴い、2019年以降、モバイルによるスポーツブックやオンライン賭博が主流となってきた欧州諸国では、顧客に対する誘引施策を制限、規制、禁止したりする政策を選択する国が表れてきた。
同時にそもそも賭博行為に関する広告・宣伝の在り方は余りにも過激すぎるとして、地上施設・オンラインモバイルも含めて事業者によるあらゆる賭博関連の広告・宣伝を全面的に禁止し、事業者による過激な誘引施策を規制することが、若年層を守り、賭博依存症を抑止する効果的な施策になるというアプローチが一部の国では実現しつつある。
(美原 融)