2024-10-28
284.賭博依存症⑭ Financial Risk Check(3)
英国賭博委員会(UKGG)のFinancial Risk Checkの試みは当初の目論見からはかなり後退し、極めて緩い形の試行的な試みから初め、その結果を見て考えるというレベルに落ち着いてしまったようだ。
それにしても2018・19年には基本的な考え方を積み上げていたはずなのにパイロットプログラムを始めるに至るまでに何と6年もかかっている。
異常な程のスローペースとなるが、これには政治的な背景もある。
2005年賭博法を抜本的に改正し、英国賭博法制度をより現実に適合的なものにしようとする試みは、2020 年10 月から検討された制度改革白書に記載されているが、白書自体はドラフトのまま放置され、これが日の目をみたのは2023年4月でしかない。
これには政治的理由もあり、2014年以降2024年迄の10年間で首相は5人替わり、所轄省庁(DCMS)大臣に至っては何と9回も変わっている。
この間Blexit(2020)や政権交代もあったわけで、一端事務的にまとまった政策も大臣の意向や政局等で後回しにされてきたという事情があった模様だ。
白書は公表され、パイロットプログラムも始まったわけで、現労働党DCSM省大臣は制度改革に意欲的なようだが、英国における賭博制度改革はまだ時間がかかりそうな雰囲気がある。
その他の国でもこのような個人財務状況リスクチェック(Financial Risk Check)ないしは支払い許容度チェック(Affordability Check)の考え方が無いわけではない。
オーストラリアでも類似的な考え方がある。
同国では問題がありうる行動をした顧客、大きなリスクがあると想定される顧客をまず特定し、通常の顧客ヂューデリジェンス(Customer Due Diligence)以上により厳格かつ詳細なEnhanced Customer Due diligence(ECDD 強化されたデユーデリジェンス)の対象とする。
賭博行為をすることができる適切な顧客か否か、過去、現在の行動に問題がないか否か等をより厳格かつ詳細に審査するわけだ。
必用な場合、当該顧客のカジノ場への一方的な入場拒否あるいは顧客の財政状況チェック(Wealth Check)をするという規定がガイドラインの中にある。
このWealth CheckとはSource of Funds(SoF)ともいい、顧客に支払い能力はあるか否か、その支出が正当な資金源からのものか否か(過度の借金や違法性のある資金源ではないか否か)、支出性向は危険領域に入りつつあるか否か等をチェックすることになり、この意味ではFinancial Risk Checkと類似的な考え方に立脚している。
英国にもCDD、ECDDという手段は定義されているが、Financial Risk Checkまで実行すべきという規定は見当たらない。
賭博依存症よりKYC(顧客を知る、Know Your Customer)の考えやマネーロンダリング防止の目的が色濃くでているためだろう。
尚、Wealth Checkは本人の同意を得て銀行預金勘定残高の照会、資金源となる本人の収入パターンのチェック(違法な収入があるか否か)等をも含むことがある。
米国でも類似的な考え方や発想が無いわけではない。
2024年9月4日にトンコ下院議員・ブルーメンタール上院議員が連名で提出したSupporting Affordability &Fairness with Every Bet Act (SAFE Bet)法案だ。
これは州毎にバラバラに制定されたスポーツブック関連法を否定することなく、その上位に立つ連邦法としてスポーツブック業を規制する法案になる。
連邦司法省が公衆衛生の観点から一定の要件を満たす州政府機関を認証するという形式をとり、専ら共通的な課題でもある依存症問題対応のための連邦規範という意味合いが強い。
例えば24時間で5回の預託金制限、決済にクレジットカードを利用することの禁止、大きな賭け金となる場合、顧客の預託金額が顧客の月収の30%を超えない様に支払許容度チェック(Affordability Check)を事業者が担う義務、Sスポーツ試合中並びに午前8時から午後10時迄の時間帯の広告禁止等の条項、連邦薬物乱用精神健康サービス機構(SAMHSA)に各州から排除者データを収集し、全国データベースを設け、顧客が問題のある対象者か否かを事業者が確認する義務等も設けている。
この内、収入の一定率以上の賭博行為をしないように顧客の支払能力チェックを事業者に義務づける規定は、英国等よりかなり厳格な仕組みになってしまう。
もっとも米国での議員立法案は全てが審議されるとは限らず、スポーツブックに関する連邦規制法案には、州の州規制者、業界団体等による反発・反対も強い。
反対者の主張は現状38州の規制はうまくいっている。
連邦法でなく、州法による規制が合理的・適切という主張になる。
この法案が可決される可能性は限りなく小さい。
但し、賭博依存症に絡み支払い許容度チェック(Affordability Check)という考え方が指摘されていることになり、興味深い。
諸外国の識者の間ではもしこれが実現できうれば、これが賭博依存症リスクをくい止める最強の防御策になりうるという認識が成立しているのだ。
これまで見てきた通り、支払い許容度チェック(Affordability Check)には三つの方法がある。
即ち、①自分で自主的にやる、第三者が行動し、何らかの情報や行動を促す誘因を与え、本人自身が問題を把握し、気づかせるようにする(例えば過去の累積賭け金行為リスト等の送付等で事実を見せることにより、自制を促す等)こと、②事業者が自主的にリスクがあると想定される対象者を特定し、様々な手法を駆使し、支払い許容度をチェックし、結果次第で入場抑制・禁止・勧告等の手段をとること、③制度的な枠組みとして支払い許容度チェックを設け一定条件が満たされる場合、事業者の担う義務としてこれを行わせ、所定の措置へと顧客を誘うことである。
手法としては顧客に対し、直接事業者ないしは第三者が対峙し、情報を取る手法と、第三者が間接的に情報を取る手法がある。
果たしてこれらの方法と手法を効果的に実践できるか否かは制度的な課題だけではない。
逆に制度ではなく、本来事業者の社会的責任(Social Responsibility)や履行すべき裁量のビジネス慣行(Good Business Practice)として、これを根付かせていくべきではないのかという意見も強いのだ。
(美原 融)