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2024-10-21

283.賭博依存症⑬ Financial Risk Check(2)

顧客の支払許容度をチェックすることにより、顧客が問題なく、安全、安心して賭け事を楽しめる顧客であることを確認するという便益は確かに明確だ。
問題が生じる前に顧客に適切な勧告や賭博行為を慎む忠告をしたり、必要と判断した場合、顧客の賭博行為への参加をブロックしたりすることも事業者としてはできる。
電子的に顧客の累積損失は把握できるため、一定期間中の顧客の純損失額が上限を超えるとシステムが自動的に対象者を特定することも可能だ。

一方、英国の賭博関連業界(カジノ施設事業者、オンライン賭博事業者、スポーツブック事業者、競馬運営事業者等)は、もしかかる規制を導入した場合、確実に顧客が逃げてしまい、大きな損失を被りかねないとして、当初からかかる政府の介入に猛反対の立場をとっている。
特に直ちに影響がでそうなのはオンライン関連の賭博事業者だ。
カジノの様に手持ちの現金で遊ぶ等という選択肢はあり得ず、全ての顧客が勘定を予め設け預託金を積むことが基本になるからで、一定期間の預託金の金額や回数の多寡でリスクがある主体として対象者になってしまうということになると、良質な顧客も確実に逃げてしまう可能性が高い。
公開意見公募の際に提出された個人の意見も、①個人の財務状況を政府機関に開示することはプライバシーの侵害として反対する立場の意見が多い。
②かつかかる規制を強制された場合、当該サイトからは逃げるとする利用者の意見もかなりある。
これに加え、③これでは個人情報が規制機関に開示されることを逃れるため真面な顧客がブラックマーケット(違法オンラインサイト)に逃げかねない、④一つの事業者の勘定ではなく、複数の事業者に勘定を設けて支出を分散してしまえば規制のループホールができてしまう、⑤家族・友人等代理人名義を使い支出をするなどの行為により義務をすり抜ける等の行為も起こりかねない等になる。
制度の考えそのものが機能しないのではないかとする意見が多いのだが、しっかりとした本人確認手続きが平行的に履行されれば、これら問題の一部は確実に解決できる。
賭博関連事業者は反対運動を展開し、2024年1月時点で10万人の反対著名を集めるに至った。
英国の制度上、10万人以上の請願がある場合、国会でこの問題を取り上げることができる。
それだけ市民の関心は高かったことになる。
この結果、2024年2月26日に英国議会でこの問題が取り上げられ、かなり熱い議論がなされたのだが、消費者保護のため、まず試行的(パイロット的)な枠組みで試行し、その結果を見た上で制度の在り方を判断したいとする政府方針は覆っていない。

英国賭博委員会の当初の提案による対象者は純損失で月に£125以上、ないしは年に£500以上を超える主体で、この上限に達した顧客に対しては、事業者の責任で当該顧客の財務状況のバックグラウンドチェックを実施する義務を課すというものであった。
但し、激しい反対にあい、その後より緩和した考え方に方向転換している。
英国賭博委員会は誤解も多いとして、ウエッブ上でQ&Aを展開したり、積極的にその意図を説明したりしたが、最終的に方針を一部修正し、できうる限り摩擦の少ない(Frictionless)、軽いタッチの(Light Touch)の財務的脆弱性チェックから始める予定とし、あくまでもパイロットプログラムとして行うこと、よって過半の一般顧客にとっては殆ど関係がないとした
最終的に英国賭博委員会は2024年5月1日にパイロットプログラムとして、二段階レベルで実施することを表明した。
第一段階(Phase1 Part 1)は2024年8月30日から軽い財務的脆弱度チェック(Light touch financial vulnerability check)として顧客の預託金額が£500以上の主体~全体数の約20%~、かつ対象者は18歳から24歳迄の若年層に限定するとした(当初考慮されていた純損失額ではなく、預託金額と譲歩したことになり、これでは効果があるのか懸念無しとしない)。
手法としてはあくまでも入手可能な公開資料・データ(例えば個人破産データ等)をもとに、押しつけがましくない形で財務的脆弱性をチェックする。
第二段階(Phase 1 Part 2)は2025年2月から個人財務リスク評価(Financial Risk Assessment)として上記預託金額上限を£159以上に下げることとし、既存のクレジットカード会社や信用調査会社が所有する顧客与信評価データを活用したり、英国金融行動監視機構(FCA)が認める第三者経由個人の銀行財務データ等を本人の了解の下に徴求したりする(現在でも事業者は対顧客与信に関する情報をある程度顧客毎に集めていることが慣行でもあり、これも利用する)。
対象者は全体市場の3%程度に過ぎないと想定されている。
これで不十分な場合、顧客の財務状況の証拠を直接顧客に求めることになる。
方法としては政府に認知されたOpen Bank Provider(銀行と顧客の間に立ち、顧客が自分の金融データにアクセスできるようにする仲介者)経由になり第三者が顧客の財務情報開示を要請し、同意を得た上で事業者が情報を取得するというものだ。
追加的な財務情報を個人に徴求するのは全体の約0.3%程度になるという。
果たしてどこまで実現でき、如何なる効果があるのかはこのパイロットプログラムをやってみなければわからないが、何ともはや野心的な施策であることは間違いない。
果たしてこのパイロットプログラムでどこまでFinancial Risk Assessmentの有効性を確認できるのかは、プログラム自体の課題になりそうだ。

当面パイロットプログラムという形でFinancial Risk Checkは実行されているが、このFinancial Risk Checkは2023年英国規制機関白書の中でも重要かつ実施すべきオンライン賭博制度改革の目玉にもなっている。
もし実現に至れば、弱者保護、賭博依存症対応施策に関し、有効な一つの手法が増えることになる。
2024年夏の総選挙で保守党が敗退、労働党政権となったが、賭博制度改革の大きな方向性は変わらないと想定されている。
英国の実践の結果次第では、類似的な手法が様々な国で試みられる可能性がある。
但し、如何なる国においても、潜在的脅威になりかねない賭博がもたらす害悪を縮減することと(過半の人には関係ないのだが)個人の自由を如何に尊重するかということのバランスをどうとるかという課題を議論せざるを得ない状況にきているのだろう。

(美原 融)

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