2024-10-14
282.賭博依存症⑫ Financial Risk Check(1)
Financial Risk Check(個人財務状況リスクチェック)ないしはAffordability Check(支払い許容度チェック)とは賭博依存症の恐れがあると判断された顧客の財務状況や支払い許容度をチェックする行為をいい、この結果次第で賭博行為を辞めさせる介入に繋げることを目的とする。
この考えは英国の賭博規制機関である英国賭博委員会(UKGC)が2018・19年の執行報告で触れ、オンラインによる賭博行為に損失総額上限規定を設けることが提案された際、これを実践した後に、その検証を踏まえて、問題がありうる顧客の支払許容度(Affordability)をチェックすることに繋げたいと表明したことが端緒となり、議論が活性化したものである。
英国賭博委員会は2023年に公表された制度改革白書(デジタル時代における賭博制度改革)の中で今後この考えの詳細を詰め、実践することを公言した。
ところで個人が賭博行為に費消する金銭はあくまでも個人の判断で決めるものであって、本来他人が決めるべきものではない。
ましてや規制機関が関与すべきものでもない。
誰であっても正常心の場合には、当然費消できる枠内に自分で一定の限度を設ける。
この限度額は個人によって異なる。
これは第三者が判断するものではないのだが、カジノ事業者に顧客の財務状況をチェックさせ、本来顧客が支払うことができる支出許容度を超えて資金を賭博に使ってしまうリスクを審査・評価・判断し、適切な注意喚起を行う義務を事業者に課し、過剰な賭博行為を抑止するという考えがFinancial Risk Check(個人財務状況リスクチェック)ないしはAffordability Check(支払い許容度チェック)になる。
上記白書によると①過剰かつ継続的な賭博行為(Binge Gambling)を抑止すること、②財政的に脆弱な顧客を保護すること、③継続的に損失を被る顧客へ警告し、これをやめさせ、保護すること等の目的があるとされる。
顧客から見た場合、顧客の支払許容度(Affordability)を事業者によりチェックされるということでもあり、事業者から見た場合、顧客の支払不能リスクをチェックするということにもなる。
一方、規制機関からこれを見る場合、支払い許容度を超える金額を費消しようとする個人や継続的に負け続け、損失が拡大しているような個人を賭博依存症の潜在的傾向がある顧客として把握し、リスクのある行為を辞めさせるよう事業者に介入させることを意味する。
これにより、賭博依存症にはまってしまいかねない個人を救済できるとともに、結果的に賭博依存症患者を縮減し、関連する社会的な費用をも縮減することができるというロジックになる。
もっとも支払許容度チェックといっても、顧客がどのレベル迄賭けることが「許容度」の範囲と言えるのかの評価・判断に関しては、顧客の財務的状況にもよるし、基準の設定次第ではおかしなことになりかねない。
これには様々な考え方やアプローチがあり、事は単純ではないのだ。
2020年に行われた英国賭博委員会(UKGC)による意見公募に際し、英国賭博委員会は毎月£100以上の純損失があった場合、顧客がこれ以上賭け続けても、安全にかつ十分な資金があることを規制機関zないしは事業者が介入し、チェックするという規制案を提案し、意見が募られた。
いくらなんでもこれは規制機関としてはやりすぎではないのか。
国の機関がここまで個人に介入するのか、これでは個人の自由、プライバシーの侵害ではないのかという意見が多くでてきたのは当然といえば当然かもしれない。
この意見公募の結果、英国賭博委員会もスタンスを若干弱めて、当面はあくまでもより押しつけがましくない(non-intrusive)考え方で実践するという方向に軌道修正している。
要は顧客からクレジットカードの支払を受ける店舗がちょっと大きな金額の支払の場合には、店舗はクレジットカード会社に電子的に支払い承認申請をし、カード会社のシステムが瞬時にバックグラウンドチェックを行い、顧客の履歴に過去問題がないことを確認し、カード支払いを「承認」するという行為と同じである。
顧客には見えない所で規制機関ないしはカジノ事業者が顧客の財務状況をチェックし、安全かつ十分な資金を持っているということを確認するというものだ。
クレジットカード会社等は過去の支払履歴・実績、未払い事故等の記録や業界レベルでの信用調査データバンクを保持したり、他の調査会社と情報を共有したりしており、経験的に顧客の安心・安全性のレベルを把握し、どの位の規模の支払なら問題は生じないという評価・判断を瞬時にバックグラウンドで行っている。
もっともクレジット会社の評価は与信評価であって、彼らは顧客による未払いのリスクを取っている。
英国賭博委員会が考える支払い許容度評価・財務的なリスク評価とは、行政当局にとりリスクは無いわけで、必ずしも同一とはいえない。
確かに単純に一定の損失上限規定を設けるよりも、個人の財務状況やリスクを勘案し、これを評価した上で対応を考えるという.方が一見より柔軟で合理的にも思える。
但し、やり方次第では個人情報への過度のアクセスになってしまい、反発も生じかねない。
個人財務状況リスクチェックや支払い許容度チェックの考えは、アプローチ・考えとしては極めて斬新なものだ。
米国の土壌ではかかる発想は生まれにくいのは、業界の共通の考えとして賭博行為は「危害」ではないという考えが一般的だからでもあり、規制当局やカジノ事業者が顧客の財務情報をチェックすることは嫌がる性向が強い。
もっともクレジット(与信)を事業者に求める場合は別で、これは単純に短期無利息の借金に等しい以上、顧客が個人財務情報を開示し、事業者が直接銀行口座残額等を当該銀行に問い合わせチェックする等の慣行がある。
勿論、このための事前合意を顧客が事業者に与えることが与信付与の条件になる。
これなどは合理的なFinancial Risk Checkでもあるのだが、問題の次元が異なり、比較することはできない。
英国における個人財務状況リスクチェック(Financial Risk Check)とは個人が遊興消費に耐えられない脆弱な財政状態にあるか否かという顧客の財務的な状況をチェックして、一種のセフテイーネットを張る施策でもある。
実現できうれば確かに賭博依存症患者の罹患率を下げることになることは間違いない。
問題は果たして現実にできうるか否か、どうこれを効果的にかつ確実に実践できるのかにある。
(美原 融)