2024-09-30
280.賭博依存症⑩ デジタル化時代の依存症対策(2)
デジタル化時代の依存症対策とは前述したように、顧客の行動をデータとして把握したり、顧客の行動を分析したりすることを活用しようとするアプローチになる。
顧客の嗜好パターンや支出性向、過去の勝ち負けの推移、施設滞在中のカジノ滞在時間や総賭け金額、総損失額、一定時間当たりの累積賭け金の増加等を数学的に把握できれば様々なことができる。
これらのデータを分析することにより、顧客の賭け金行動が正常か否か、損を追いかけて危険な領域に入りつつあるのではないかとか、賭博行為にのめりこんでいる兆候があるか否か等を判断できる。
勿論人間が目でモニターするわけではなく、テーブルやスロットにおける特定顧客の賭け金行動データがあれば、一定のアルゴリズムあるいはAIの判断により、リアルタイムでかかる行動が特定化され、システム上のデータがブリンクし、どこの誰がどんな状況にあるのかを把握することができる。
この時点で依存症対応職員が動くわけだ。
必要な場合、フリードリンク等を提供し、テーブルから遠ざけ頭を冷やさせる、注意喚起する、何らかの手段で抑止を図る、顧客の賭け金行動をとりあえず止めさせる、顧客が納得する場合、過剰賭博への対応としてのカウンセリング等を紹介することもありうる。
これらは全て今ある技術的手段で実行可能なのだが、これを全面的に採用している企業は皆無だ。
未だ実践にデジタル化をどういかしていくのかにつき試行錯誤的な側面もあり、規則やマニュアル手順等も変えざるを得ないことなる。
但し、頭では事業者はあるべき姿を完璧に理解しており、時間の問題でかかる手法が採用されるようになるのだろう。
単なる情報ではなく、データ、データの集積、コンピューター・AIによるオンラインでのデータ高速処理、クラウドの活用等により、リアルタイムで膨大な量の顧客と顧客データの処理や観察・モニタリングができることがポイントになる。
スロットマシーンや電子ゲームだけではなく、テーブルゲームもデジタル化され、RFID/AI技術により顧客の行動を把握できる技術やこれを先駆的に利用し始めている事業者もでてきている。
時間の問題で、賭博行為自体がデジタル化され、顧客の行動管理ができる時代が来るに違いない。
一方、顧客の行動のデータとしての把握とその分析はまことに逆説的だが、より積極的な営業支援ツールにもなる(所謂マーケッテイング手法である)。
顧客の嗜好パターンや賭け金行動から、顧客がより多くの金銭を賭けるように様々なインセンテイブを個別顧客毎に提供するわけである。
顧客の過去のデータがあれば、顧客が興味を抱きそうなインセンテイブやイベント招待等を把握でき、積極的に電子メールやSNSを用いてカジノの来訪を誘引することになる。
勿論これは、健全かつ安全な継続的な訪問や合理的な賭け金行動をする顧客に対してのみの話であって、誰にでもやるということはない。
インセンテイブ付与やカジノ来訪の誘引は、いかに効果的に来訪を促し、賭け金行動に参加させるかが目的になる。
この様に賭金行為がデジタル化したデータとして処理される場合、相反する二つの部門が「推進」と「抑制」という異なる目的をもってデータを共有することになる。
もっとも依存症関連のアルゴリズムやAIはよりHigher Standardになりマーケッテイングの為の利用よりは上位に位置づけられるはずである。
この場合、内部的な利害相反を解決する仕組みを予め設ける必要がある(特定の顧客に賭博を更に勧誘するのか、あるいは抑止してやめさせるのかという選択肢になる)。
ややこしいのは、デジタル化されたサイバー世界は極めて自由な世界であることだ。
この世界では国境の壁等なく、(国境を跨る制度的制約も一切無いため)自由にデータや情報、取引情報がサイバー世界を行きかうことになる。
決済すらも仮想通貨が用いられたり、カジノの日常のマネージメント自体もペーパーレスになったりしつつある。
時間的・空間的制約が無く、国境を超えるサイバー世界での経済活動は、一定国の国内法では完璧にコントロールすることはできない。
この結果、違法事業者と合法的事業者がサイバー世界で共生する事態が生じてしまっている。
勿論これは合理的な競争環境ではなく、納税もせず、軽課税国から提供される違法オンラインカジノ事業者と比較すると、合法事業者は明らかに不利だ。
更には市場がかかる状況である場合、賭博依存症への対応策はどうしても非効率になり、進みにくいという状況も現れてくる。
既存の合法的事業者は規制当局が断固とした態度をとり、違法オンラインサイトを根絶することを要求している。
賭博行為は管理化された制度的環境の中で、健全かつ安全な賭博行為を提供することがその本来の目的でもある。
このためには規制下の事業者や弱者(未成年、賭博依存症患者等)を保護しつつ、違法オンラインサイトを発見次第閉鎖できる権限を規制機関に付与することが得策ではある。
もっともサイバー世界の一部を規制の対象にすることは、ネットビジネスへの介入行為ともなり、反対する声も強くなるかもしれない。
但し、違法オンライン賭博の被害や社会的に否定的な影響度が大きくなる場合には、新たなオンライン賭博規制としての立法措置はありうるだろう。
尚、自国内においてオンライン賭博やオンラインスポーツブックを制度的に認めている国の場合には、サイバー世界における違法事業者を積極的に排除するという措置を取りやすい。
主要欧州各国やオーストラリア等はかかる状況にあり、様々なオンライン違法賭博を締め出す制度的枠組みが存在する。
オンライン賭博やオンラインスポーツブックを例外的にしか認めていない我が国のような国で積極的なオンライン賭博規制や依存症対策の制度を設けた先進国は未だ存在しない。
認めない、存在しないと主張した所で、現実的に存在し、それが否定的な存在にまで肥大化してしまう場合には、やはり何らかの規制を設けるべきとする声が強くなるかもしれない。
(美原 融)