2025-05-26
313.金融デリバテイブと賭博②:Sport Event Futures Contract
このスポーツイベント予想契約に関し、事態を更に混迷化させたのは各州の賭博規制機関の動きだ。
ネバダ州賭博管理局(NGCB)は2025年3月4日に事業者大手のKalshiEX LLC社に対し、同社の行為はネバダ州法違反と判断し、事業停止・退出勧告(Cease and Desist Letter)を発出した。
一方ニュージャージー州ゲーミング法執行局(NJDGE)も3月27日に同社並びにブローカーのRobinhood二社に対し類似的な事業停止・退出勧告を出している。
3月29日にはオハイオ州の規制機関であるカジノ管理委員会(OCCC)がKalshiEX LLC, Robinhood並びにCrypto.comの同業三社に対し事業停止・退出勧告を発出、3月28日にはモンタナ州規制当局(MGCB)が、また4月1日にはイリノイ州規制当局(IGB)とメリーランド規制当局(MGCC/Maryland Lottery)が矢継ぎ早にこの三社に対し、事業停止・退出勧告を発出するという具合に6つの州規制当局が同時期に同じ行動を起こした。
過半は2週間以内にスポーツ関連イベント契約事業を終了し、州から撤退すべしとの警告だ。
スポーツ試合でどのチームが勝つかに依拠した契約を提供することは伝統的なスポーツブックの賭け方と変わらず、関連州法規定違反という理由になり、もし警告が遵守されない場合には、あらゆる民事上、刑事上の罰則を課すと公言している。
その他の州の規制機関もKalshiを初めとした予測市場事業者の活動を疑問視し始めており、3月から4月の間に正式に調査を実施することを公言する政府規制機関が続々と表れてきた(マサチュセッツ州ゲーミング委員会、コネチカット州消費者保護省ゲーミング局、ミシガン州ゲーミング管理委員会、ワシントン州ゲーミング委員会、ルイジアナ州ゲーミング管理委員会、カンサス州競技ゲーミング委員会等である)。
各州規制機関が同じ行動をとったのは、スポーツイベント契約を州法違反の危険な兆候と判断したのだろう。
通常の企業の場合、州政府当局から事業停止・退出勧告を受けると、その州から撤退するというのが平均的な行動なのだが、KalshiEX LLC社は何とこれら規制機関(NGCBとNJDGE)を二つの連邦地裁に各々提訴する法的措置を3月28日にとった。
ネバダ州とニュージャージー州は許諾賭博に関しては最も歴史のある州でもあり、これら二つを意図的に先行して狙い撃ちにしたということだろう。
尚Kalshiは4月21日に今度はメリーランド州政府と規制当局を連邦地裁に訴えた(これは退出期限前に対話・期限延長交渉をしようとしていたが認められず、期限前日に同州政府を訴えたものである)。
また4月21日には同業者のCrypto.comもメリーランド規制当局を訴え、Kalshiと同様の行動をとっている。
いずれの訴訟もほぼ同じ内容の訴状になり、州政府規制機関の行動は原告にとり修復不能な状況をもたらしかねず、緊急の措置として裁判手続きが進行する迄の州政府の命令を止めさせる仮差止命令(Temporary Restraining Order)並びに裁判の終結迄これを継続させる予備救済命令(Preliminary Injunction)を要求したものである。
裁判に勝てるという自信があり、中断した際の危害が大きい場合、かかる緊急訴訟を起こすことができる
ネバダ州連邦地裁は両当事者による申し立てヒアリングの後、4月8日にKalshiEX LCCの主張を認め、仮差止命令、予備救済命令を下す判決を下した。
第一ラウンドはKalshiの勝訴(!)ということになる。
判決の趣旨は、CFTCはKalshiの商品を否定しておらず、現時点ではKalshiEX LCCは連邦法の規定によりイベント契約並びにスポーツイベント契約を市場にて提供できること、ネバダ州規制当局は連邦規制下にあるKalshiの契約が州法に違反すると判断する権限を持たない、またCFTCが否定していない以上、KalshiEX LCCの民事刑事上の責任を問うことはできないとした。
勿論訴訟はこれで終わりではなく、これから延々と続くわけだが、裁判が継続している限り、Kalshiは営業を継続できる。
尚ニュージャージー州連邦地裁も両当事者の申し立て後に4月28日に仮差止命令、予備救済命令を出し、何とKalshiはこれでは全勝だ(!)。
ニュージャージー州連邦地裁の判断はネバダ州連邦地裁の判断を踏襲しただけに思える。
かつネバダ州の判断も裁判の進捗次第では変わりうることを示唆した微妙な内容になっており、単純な勝訴ではない。
この結果を見て、法廷闘争を考慮中の様々な州規制機関は一斉に慎重になった模様で、これら連邦訴訟の推移を注視した上で、対応を考えるという方向になりつつある。
何ともはや大混乱の状態だが、今後の展開がどうなるかはまだわからない。
この問題の本質は金融デリバテイブ(派生商品)と賭博行為との境界の問題でもある。
将来の予測不可能事象が起こるか否かを二者択一方式(Yes or No)で予測する契約を顧客が締結することは、偶然の事象の帰結に資金の得喪を争っている行為に限りなく近い。
賭博行為の要件を満たしており、考え方次第では限りなく賭博行為に似ているからだ。
実際のKalshiのWebやSNS上のポータルサイトを見ると、「全米50州で行われている唯一の合法なスポーツ試合のベッテイング」等どう考えても消費者の誤解を招きかねないような宣伝広告のオンパレードだ。
マーケッテイング手法として、自ら合法賭博と主張しているわけで、こうなると州の賭博規制機関が明らかな違法行為とみなすのも理解できる。
スポーツイベント契約を単なる金融商品とみなすべきか、賭博行為とみなすかは、立場の違いで大きく異なってしまう。
賭博関連は州政府の所管となるため、既存の州政府や賭博規制機関からすれば、スポーツブックに類似的な金融商品を連邦法を根拠に全米で提供することを認める等とんでもない法のループホールに過ぎないと判断する。
産業界は二分され、予測市場運営事業者は市場への価値ある洞察を与える連邦政府監督下の金融商品で合法とみるが、州の許諾を得たスポーツブック事業者やカジノ事業者、関連業界団体や部族カジノ事業者等は州法に違反する危険な行為と強硬に反対する立場をとっている。
連邦最高裁迄もつれそうな時間と手間がかかりそうな係争だが、混乱の度合いが大きいため意外と短期間に事は進む可能性もある。
(美原 融)