2021-12-06
135.民間事業者による事業者提案の課題
IRにおける都道府県等による事業者選定は法令の規定に基づき、一定の公募要件を満たす民間事業者の提案の中から優れた事業提案を提示したものを選定するプロセスでもある。
もっともこれが結構大変なのは、この公募は民の努力、創意工夫、民のリスクテークにより施設を整備し、事業を実現するという提案競争になり、事業者や事業者提案を様々な角度から総合的に評価し、ベストな提案を選択せざるを得ないことにある。
考え方の異なる複数の提案を一定のものさしで評価せざるを得ず、特定の提案を選定するということは、結構難しい作業になる。
提案自体が一定の前提・条件の下に、事業を計画し、資金を調達し、施設を整備し、これを運営するという内容なのだが、様々な事業計画も、施設のパース図も、仮定のコンセプトでしかないからである。
堅実で確実に成功しそうな事業計画であっても、提供できるサービスの内容や質が貧弱であれば魅力は欠ける。
一方、人を惹きつけるアイコニックな施設の設計パース図や質の高いサービスの提供等を含む提案は、魅力があるのだが、本当にこの通り実現できるのかという不安も残ってしまう。
要は選定すべき提案は、施設やサービスに人を惹きつける魅力があると共に、確実に提案が実現できるという提案の堅固さ(Robustness)あるいは強靭さがあることの両方が要求されるためにややこしくなるわけだ。
もっとも提案の堅固さ等といっても、極めて概念的な考えにすぎず、そう単純に評価できるものではない。
提案された様々な要素や断面を積み重ねて総合的に判断し、実現性が高く、環境の変化にも耐性が強いと判断される場合、堅固(robust)な提案ということになる。
この要素とは、例えば事業のコアとして、事業をリードする主要株主となるデベロッパーの能力・資質・資力・経験(過去の類似的施設の実績)、相当の規模となる自社のリソースを出資金として拠出できるという意思と確約、第三者となる融資金融機関を説得し、巨額の融資金を調達できる能力とその実績・経験、集客施設としての事業計画を確実に実践できる事業経営・事業運営に係る能力と経験等になる。
何のことはない。
事業の提案が良いのは当たり前で、事業の内容以上に、提案する主体、提案を実践する主体が十分信頼でき、提案を実現できるか否かを見ることになる。
事業者提案型の事業とはこのように、事業者の意思、意欲、確約、これを支える様々な補強要素が重要で、これがしっかりしていないと、どこかでつまずいてしまったり、実践がうまくいかなかったりすることがありうる。
尚、この評価は外形的な資格審査のみでは十分とは言えず、あくまでも提案内容を精査して判断することになる。
実現できるか否かは事業の規模・内容にもよるし、具体の事業にどう、またどの程度コミットしているかは案件の事業環境や当事者の案件に係る意欲によっても大きく変わってしまうのが常だからである。
かかる事情があるため、事業者は通常提案時までに、事業者(出資者)としての基本的な枠組みや主要な関連協力主体との座組みをピン止めし、固定して、これを下に詳細事業計画を段階的に詰めていくという手順を採用する。
コアとなる出資者や事業の中核を担う主体が決まっていなければ、まともな事業提案にならないからだ。
IRの場合には、事業者として選定された後も、提案を更に精緻化し、区域整備計画としてより実現性の高い事業計画を作り上げることが要求されることになるため、この段階で枠組みが固定していない限り、その後の手順の遂行が難しくなってしまうという事情もある。
ところが、過日日本の都道府県等によるIR公募で選定された事業者が、海外のカジノ事業者や投資家に対し、大株主としての事業参加を要請しているという話を海外のコンサルタント企業から聞き、これにはびっくりした。
本来コアの事業者やカジノ事業者を固定し、基本的な枠組みを固めた上で入札に臨むことが通常なのだが、何らかの事情でこれが確定していないか、この枠組みが応札後崩れたのか、あるいは事業者として選定された後も当初の枠組みのみでは不十分でまだ投資家を探している?という状態なのだろうか。
さもなければ都道府県等が事業者選定に際し、提案に不十分な側面を指摘し、事業者に何等かの補強を要求し、これを試行錯誤的に検討しているということなのであろうか。
主要株主が確定し、しっかりとした出資の確約が無い限り、融資金融機関も融資の確約等するわけがない。
時間は限られている。
この様な状況で国が要求するハードルの高い区域整備計画を策定できるのかに関しては大きな懸念がでてきそうだ。
IRの事業プロセスとは、事業者公募への応札前の段階でコアとなる枠組みを固めておくことが本来のあるべき姿であろう。
立派な提案コンセプトも、誰がどう資金を拠出し、施設を整備し、運営するのかが決まっていなければ絵に描いた餅になってしまう。
事業者を選定するということは、当該事業者が選定後、利権を得て、この枠組みの中で、提案を逸脱し、好きなことを自由にできるということではない。
提案は実現されることが前提で、提案の枠組みが事業者選定後大きく変わるようであれば、何のために公募により事業者を選定したのかわからなくなってしまうことになりかねない。
上記事例の場合は、事業者を評価する過程で、提案の外形的側面のみに注目してしまい、提案全体が堅固(robust)な仕組みとなっているかという側面の評価が弱くなってしまうということがありえたのではないか。
(美原 融)