National Council on Gaming Legislation
コラム
  • HOME »
  • »
  • 111.IR:10条問題 ⑦都道府県等の対応 1)

2021-07-28

111.IR:10条問題 ⑦都道府県等の対応 1)

民間部門における私契約では、契約の一方の当事者が、重大な債務不履行事由を起こした場合、契約の他方の当事者に契約解除権が発生すると共に、契約が解除された場合には、損害賠償請求の対象になる。
行政府と民間主体との(公共調達に係る)行政契約の場合には、事情の変更等の法理により、行政府による一方的な任意契約解除権が規定されることが通例である(これは特段日本に限ったことではない)。
かかる解除の場合には、当然民間主体に対し、金銭的補償がなされることが原則だが、契約の内容・性格によっても事情は異なるし、そもそも補償の対象範囲をどうするかについては契約交渉に際し、常に揉める。
逸失利益は対象外、解除で被った実費用のみ、かつ「予算の範囲内」という制約が付く事が多いからである。
確定債務の場合には、議会による債務負担行為の議決を得ることにより、支払い保証ではないが、ある程度のコンフォートを事前に得ることは可能である。
一方偶発債務の場合には、予め債務負担行為の対象とすることは難しく、結局予算の範囲内ということになりかねない。
予算の範囲内とはかなり荒っぽい表現だが、行政府のあらゆる支払いは予算措置、議会による議決が必要で、将来起こりうる偶発債務の支払いを(今の行政府が)民間に対し確約することは、将来の議会を拘束しかねないという考えに立脚する。
おかしな話だが、これでは将来の損害賠償の支払いの確約は我が国の行政契約では実効性が弱いことになる。

IRにおける10条問題も実施協定の枠組みの中で類似的な状況を考慮せざるを得ない事情がある。
この実施協定は都道府県等と民間事業者とが締結する行政契約だが、単純な公共調達ではない。
特定地域に民間主体が、民リスクで一定の事業投資を行い、事業の健全かつ着実な運営を期すという、いわば一種の投資誘致契約の如き内容と思った方が理解しやすいかもしれない。
過半の契約条項は民間主体の責務に係るもので、都道府県等の責務や義務は極めて限られることがその特徴になる。
但し単純でないのは、債権債務関係も複雑で、行政による長期土地賃借、ないしは土地譲渡、民によるカジノ施行関連費用分担金等支払い、その他の周辺インフラ費用分担等結構ややこしい債権債務関係が存在する。
実施協定の目的は都道府県等が公募により選定された事業者と共同して区域整備計画を策定し、この認定を国土交通大臣より受けることだ。
都道府県等と民間事業者はこの認定行為の要件を継続して維持することが義務となる。
この状況下で、行政府もしくは地方議会が、事業者に瑕疵が無いにもかかわらず、区域認定の失効に繋がりうる行為をした場合、事業の継続に重大な障害をもたらす事由になってしまう。
かかる事象が生じた場合、実施協定でこれをどう措置するのか、都道府県等の帰責事由に基づく契約解除事由を構成するのか、その際、都道府県等は損害賠償責務を担うのか等が当初の議論のポイントでもあった。
行政から見た場合、IRは民の資金、民のリスクで担う巨額な民設民営事業である以上、都道府県等が事業の失敗に係る損害賠償の責を担うことを市民にどう説明できるのかという課題になる。
一方選定事業者からすれば、都道府県等を信用して、巨額の投融資を実行したにも拘らず、行政府・地方議会の意思として区域認定更新申請ができない状態がもし生じたとすれば、当然責任は都道府県等にあり、実施契約を解除し、これに伴う損害賠償請求ができるという主張になる。
損害賠償請求は法的には否定されないはずで、明確にこれを都道府県等の実施方針、募集要項等に記載すべきとする意見が民間側には当初からあった。
但し、都道府県等が如何なる対応を示すかに関しては当初の時点では不明、かつ一部都道府県等は民設民営事業にかかる損害賠償条項を認めることは議会や市民に説明がつくかを疑問視したという経緯がある。
巨額の投融資金額だ。
この契約を解除する場合、何をどの程度損害賠償の対象とするのかは大きな議論になると共に、果たして将来の議会は(そもそも認定更新を拒否する立場にある以上)その予算措置・支払いを単純には認めないかもしれないからである。

この点に関し、先行した大阪府・市は、実施方針案(2019年)において、制限的だが損害賠償を認める方針を明記した。
都道府県等と政府の間で非公式な対話がなされたのであろうが、令和2年12月18日に推進本部により決定された国の基本方針(第1,8項「実施協定の締結」(2)設置運営事業等の継続が困難となった場合における措置に関する事項)は、「事由をできる限り具体的かつ網羅的に列挙した上で、それぞれの場合に都道府県等及びIR事業者が採るべき措置を定めておくこと」を基本とし、「IR事業が実施協定に従って適切に運営されているにも拘わらず、都道府県等又はIR事業者のいずれかが必要な手続きを行わないことにより認定の更新がなされない場合(都道府県等の行政府の判断による場合、IR事業者の判断による場合、都道府県等の議会の同意が行われないことによる場合を含む)における補償について規定することも可能である」としている。
何のことはない。
要は損害賠償規定を取り決めることは違法ではなく、「可能」ということを確認しているだけであり、補償をするかしないのか、詳細の措置をどう取り決めるか等は、全て都道府県等の判断次第として、国としての判断を避けていることになる。
都道府県等は実施方針、募集要項は開示しているが、実施協定案や詳細条件書は一切開示していないため、このままでは都道府県等が各々個別に設置運営事業等の継続が困難となった場合における措置を検討し、条件や考え方が異なる実施協定が複数できるということを示唆している。
かつこの詳細は外部に公表されないかもしれない。

設置運営事業等の継続が困難となる措置の在り方は、案件毎に固有性が生じる側面は確かにある。
但し、共通的な規範として考慮できる項目も多く、本来かかる項目は、国が積極的に選択肢を詰め、何らかの共通的ガイドラインとしてあるべき措置の選択肢と方向性を具体的にかつ解りやすく開示することが官民双方の費用と手間、時間の節約になる。
かつこれにより市民による理解も進み、透明性も高くなるのではないか。

(美原 融)

Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.
Top