National Council on Gaming Legislation
コラム

2021-07-14

106.IR:10条問題 ②経緯

法律とは一端できてしまうと、普通の国民にとり、その経緯等は全く感心がなくなってしまう。
この結果、第三者が後づけの論理や推測で評論したり、評価したりし、あたかもそれが事実であったかの論評をすることもある。
反論や評価をすることは適切な行為でもあるのだが、あまりにも的はずれである場合には、問題になる。
10条問題も、なぜかかる条文が設けられたのかという論考も考証も全く存在しないため、後刻、全てが問題、法律の瑕疵、行政府による意図的な情報隠蔽等おだやかでない批判もでてきてしまった。
もう少し、冷静にかつ論理的に過去の経緯をたどってみる必要があるだろう。

刑法上の違法性を阻却し、新たな賭博種となるカジノを制度として認めるということ自体が単純なステップではなかったことをまず理解する必要がある。
この論理構築と利害関係者の説得と合意形成に約20年を要したのだ。
立法府の当初からの意図は、カジノ施設を何処にでも、誰にでも安易に設置を認めるような制度には絶対しないという強い意思でもあった。
なんでもありで新たな賭博種を認めればいいという単純な話ではなかったことになる。
実現のためのハードルを高く設定し、これを乗り越えて初めて、その施行が認められ、かつその行為は厳格な規制の対象となることを意図的に全ての前提にしたわけである。
カジノを含むIRの設置発意も、民間事業者による自由な発意は認めず、IRを構想し、企画し、国に認定を申請する行為を都道府県等のみに認めたのは、地域社会の構成員との合意形成を図り、地域に存在する様々な施策や計画との整合性を合理的に保持できる主体は都道府県等(都道府県と政令市)以外にはないと判断したからである。
市町村を申請主体にしなかったのは、複雑な手順や合意形成を遂行する行政能力が十分あるとは考えられにくいという事情による。
尚、都道府県等の発意には、地域社会の合意形成が成立していることが前提である以上、何等かの合意形成手順を法定すべきとする考えが当初から立法府に存在した。
これは与野党の統一的な見解になる。
直接民主主義的な住民投票という手段も理論的、法的にはありうるが、かかる個別の政策判断につき、法規定で住民投票を合意形成の手段にするという考えは我が国には慣行として存在しない。
間接民主主義を基本とする以上、地方議会の議決による賛意を得れば十分ではないかとする議論があった。
行政府が議会の議決を得るためには、住民に対する十分な説明や公聴会等を経て、民意として支持を得ることが必要になる。
もし住民の反対運動が激化したり、住民の意思が反対の方向に大きくぶれたりすれば、地方選挙で反対派が議会の主流を占めてしまうこともありえるわけで、地方議会で発意への賛同が否定されることになる。
この民主的な仕組み自体に反対した国会議員は、与野党含めて皆無であった。
地域社会の合意形成を法的要件として制度の中にビルトインしたわけである。

当該規定はIR整備法第9条8項になり、都道府県等による国土交通大臣への区域整備計画認定申請のための必要要件として定義された(「都道府県等は第一項の規定による申請をしようとするときは、その議会の議決を経なければならない」)。
第10条は一端認定を受けた後の認定更新規定になる。
当初は10年、以後5年毎の区域認定更新とは如何にもピッチが短すぎる気がするが、建設期間を5年と考え、以後5年単位での中期事業計画をベースに事業の進捗をモニターしたいとする国土交通省の意図がその背景にある。
問題は第10条4項にあり「前条第五項から第九項まで及び第十一項から第十四項までの規定は、第二項の更新について準用する」と規定したことにある。
これでは冷静に条文を読んでいかないとうっかり見落としかねないが、更新にも当初の申請と同じ手順を踏むことを要求していることになる。
事業者による事業の確実な遂行は毎年様々な報告やモニター等の規定に基づき国土交通省は逐次把握できているはずで、5年毎に全てをゼロから見直す必要性は本来ない。
違法行為等の大きな問題がある場合や事業の継続に深刻な事象が生じる場合も、都道府県等の報告・相談等に基づき、都度適格な措置を取れるはずで、区域認定の更新に絡ませる必要もない。
一定期間毎の更新手順が必要とするにしても、手順を簡素化し、外形的要件が充足されている限り、ほぼ自動的に更新とする考えがより合理的になる。
特に更新のピッチを短くする場合は関連する手続きは簡素化した方が仕組みとしてはより安定する。
更新手続きを当初の申請のミラーイメージでとらえたことは実務的にはあまりにも官僚的、賢くない規定の典型例になる。
この準用規定の範囲を狭くすべき、あるいは更新手続きに関しては議会同意要件を排除し、より簡素化すべきとする主張は立法案の最終確定段階で政治家も交えた議論となったのだが、大きな声にはならなかった。
一部政権与党内に地域合意形成を重視する強い見解があったと共に、条文の論理的整合性を保持するという考えを覆せなかったためでもある。

この結果、区域認定10年後、その後5年毎の更新申請に際し、地方議会の議決を得ることが必要になった。
もしこの間に地方選挙においてIR反対派が多数派を構成した場合、区域認定更新申請を議会で拒否するという行動を取る蓋然性は確かにある。
この場合、有効期間内に申請しなければ、区域認定は失効してしまうというリスクが生じる。
これは地方議会に限らず、都道府県等の首長選挙で首長が反対派になった状況でも、おそらく類似的なことが起こる(過去大規模開発案件が議会や首長の反対により、事業推進を断念するように追い込まれたり、議会や首長の反発や行動により、既存のPFI契約が解除されたりしたなど類似的事例は我が国には結構ある)。
市民の反対派が議会に請願し、住民投票条例制定とその実施により、議会をして更新拒否へと向かわせることも当然できる。
これらは全て我が国制度に組み込まれた手法でもあり、もし、これらが実現するとすれば、日本的な政治リスクということになる。
法律に規定があろうがなかろうが、住民の強い反対意志が地域社会に根強く存在すれば、如何なる事業もうまくいかなくなる。
これは逆に見れば、地域住民の支持と信頼を勝ち取ることができれば、まず変な問題は生じえないと推論できることに繋がる。

(美原 融)

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