National Council on Gaming Legislation
コラム

2021-07-14

105.IR:10条問題 ①問題の所在

カジノ免許の有効期間は3年で、以後3年おきに認定設置運営事業者がカジノ管理委員会に対する更新申請・更新という手続きを経る(法第43条)。
一方区域認定は国土交通大臣による都道府県等に対する行政処分となり、認定後当初の有効期間は10年、以後5年おきに都道府県等による国土交通大臣に対する更新申請・更新という手続きになる(法第10条)。
カジノ免許の有効期間は諸外国でも3年更新という慣行が存在し(例:シンガポール)、短すぎるということはない。
カジノ免許を維持できる要件を不断にテストするという考えになるが、余程の重大な違法行為等がなければ自動的に更新されると考えることが諸外国での慣行で我が国でも同様になると考えられている。
一方区域認定の当初の10年の期間設定は、認定後当初の開発・建設・完工迄を5年とみて、以後5年毎に区域認定の要件が満たされていることを国土交通大臣が評価することを前提とし、やはりこれも余程の逸脱が無い限り、認定が拒否されたりすることはないとする前提が制度の立て付けになる(即ち非合理的・恣意的な判断で国が免許や認定を取り消すことはありえない)。
いずれも制度本来の趣旨は、IR並びにカジノが当初に企図された通りに順調に運営されている限り、継続的に区域認定や免許を更新するという考え方に基づいている。
ややこしいのは区域認定、免許と異なる国の機関による二つの行政処分を要し、区域認定取得はカジノ免許申請の前提になることにある。
諸外国には存在しないこの制度的枠組みは、外から見た場合、解りづらいのかもしれない。

区域整備計画の申請・更新行為に関しては、IR整備法第10条の規定に基づき、都道府県等は国土交通大臣に申請する前に、申請・更新に関し、都道府県等の議会の同意を取得すると規定されている(IR設置場所の市町村議会による同意も求められる)。
当初の申請は、当然議会を含めた地域社会の合意形成をもとに進められるため、何ら問題が生じることはない。
一方認定後10年、その後の5年毎の更新の間には確実に複数の地方議会選挙や首長選挙があることが想定される。
この場合、もし将来の議会の構成が変わり、IRカジノ反対派の議員が過半数を占めるに至った場合、あるいは反対派の首長が当選した場合、議会や行政府がIRの更新に同意しないということがあり得る。
都道府県等が期限内にIR更新申請をしない場合、あるいはできない場合、区域認定は有効期限日に自動的に失効してしまう。
またこの区域認定失効は、カジノ免許の失効や融資契約上のデフォルトをトリガーすることになり、IRの存続自体が危殆に瀕することになる。
これらのリスクを纏めて市場では「10条問題」と呼称している(もっとも首長による政策変更は正確には10条とは関係ない)。
制度に内在する日本的な政治リスクということになろう。
これをもって投資家・金融機関が不安定な政治的要素が制度に内在化していると問題にしたわけだ。
IRの存在・継続に関しては地域社会の同意があることを全ての前提とすべきという立法政策上の命題があったため、かかる法規定が設けられたものである。
諸外国にはかかる地域選定に絡んだIR区域認定制度という考えが存在しないため、解かり難いという側面もある模様だ(諸外国ではあくまでもカジノの免許のみ。
但し当初の地域社会の承認は住民による直接投票による過半数の賛意が必要な国・地域もあり、別の意味でハードルが高いのだが、免許更新時毎に地域合意を再確認するという考えは他国には存在しない)。

尚、都道府県等と設置運営事業者が締結する「実施協定」は上記とは関係なく、超長期の契約を前提とする(具体的には35年、40年等が提示されている)。
実施協定とは都道府県等と設置運営事業者がIRの計画、整備、運営に関するお互いの権利義務関係を纏めるもので、民による長期に亘る投融資、運営を前提とするものである以上当然長い契約期間でなければ意味がないからである。
では、設置運営事業者に何ら責めがないにも拘らず、将来地方議会が更新申請同意を拒否し、結果的に認定が失効したり、これが事業継続困難事由となったりした場合、如何なる救済措置、権利義務規定を設けるべきであろうか。
国ではなく、都道府県等の固有の事情が原因である以上、実施協定の中で、その帰結・救済をどうするかを規定する以外方法はない。
残念ながらこの点に関しては、オープンな議論がなされておらず、政府の基本方針にも若干の記述はあるが、明確とは言い難い。
国は明確なガイドラインの如きものも策定する考えは無く、都道府県等の判断に対処を委ねているのが実態となる。
事業がしっかりと地域に根付き、事業者がよき市民として、納税、雇用、地域からの購入・消費、地域社会への貢献等がなされていれば、政治的にIRを潰す行為は限りなく非現実的になるという理屈で、解決策の模索を都道府県等に委ねる形になっている。

但し、この問題の本質は整備法第10条ではなく、問われているのは日本の制度に内在する政治リスクではないのか?例えば横浜市は2021年8月に市長選挙を想定しているが、もし選挙でIR反対派の首長が誕生すれば、全てのIRの議論を反故にし、案件を潰すことは容易にできる。
市長はその権限を保持しているわけで、上述の議会による同意拒否と同様に、当該都道府県等において行政府、立法府の支持と信頼を喪失する場合、案件は潰れかねないことを意味する。
大臣による区域認定後、建設途上にある場合や、開業し、運営段階にある場合等に、地方議会選挙や首長選挙が生じ、反対派が都道府県等の長ないしは議会の過半を占めるとすると事態は微妙だ。
既にカネも動き、建設も運営も始まっているわけで、政治的意思のみでこれを廃止することは左程単純な話ではなくなる。
当然民に対する補償の問題も生じ、財政負担のみならず、政治的・社会的反響も大きいからである。
これを実行するのは相当な覚悟とエネルギーが必要になることは明確だ。

かかる事象はIR以外の免許、認可、行政契約でも当然起こる可能性があり、IR特有の問題とはいえない。
この日本の制度や仕組みに内在する日本的な政治リスクを投資家としてどう評価し、対応策を考え、これをマネージできるかが本当の問題ではないのか?

(美原 融)

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